不法行為の意義と目的
不法行為とは他人の権利や利益を違法に侵害して損害を加える行為をいいます。不法行為が行われることによって金銭賠償を請求する債権が発生します。
不法行為に基づく損害賠償制度は被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し加害者にこれを賠償させることにより被害者が被った不利益を補填して不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものであり損害の公平な分担を図ることをその理念としています。不法行為制度の機能としては被害者の救済すなわち損害の填補と将来の不法行為の抑止があります。
不法行為制度は不法行為責任の発動に対する予測可能性と自己の行動を自制していれば責任を回避しうるという計算の可能性とを明確にすることによって自由を保障する機能をもつ私的自治の原則を背面から支える制度としての性格を有しています。
債務不履行責任と不法行為責任の比較
主張と立証責任について債務不履行責任では債務者が帰責事由の不存在の主張と立証責任を負いますが不法行為責任では債権者すなわち被害者が故意又は過失の存在の主張と立証責任を負います。ただし安全配慮義務違反を理由とする債務不履行の場合には原告すなわち債権者が安全配慮義務の内容を特定しかつ義務違反に該当する事実を主張と立証する責任を負うため不法行為における過失の主張と立証の場合と実質的に異なりません。
消滅時効期間について債務不履行責任では原則として本来の債務の履行を請求しうる時から5年又は権利を行使することができる時から10年です。不法行為責任では損害及び加害者を知った時から3年又は不法行為時から20年です。人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権については債務不履行では損害及び債務者を知った時から5年又は権利を行使することができる時から20年であり不法行為では損害及び加害者を知った時から5年又は不法行為時から20年です。
損害賠償の範囲について債務不履行責任では416条の問題となり不法行為責任では規定はありませんが416条が類推適用されます。
弁護士費用について債務不履行責任では原則として請求できませんが安全配慮義務違反の場合は請求できます。これに対し土地の売買契約の買主は債務の履行を求めるための事務を弁護士に委任した場合であっても売主に対しその事務に係る弁護士報酬を債務不履行に基づく損害賠償として請求することはできないとされています。契約上の債務の履行を求めることは侵害された権利利益の回復を求めるものではなく契約の目的を実現して履行による利益を得ようとするものであるためです。不法行為責任では弁護士費用を請求できます。
履行遅滞となる時期について債務不履行責任では履行の請求を受けた時であり不法行為責任では不法行為時です。
慰謝料請求権について債務不履行責任では債権者のみに認められ遺族固有の慰謝料請求権は認められません。不法行為責任では遺族固有の慰謝料請求権が認められます。
過失相殺について債務不履行責任では過失を考慮して損害賠償の責任及びその額を定めるとされ不法行為責任では過失を考慮して損害賠償の額を定めることができるとされています。
損害賠償債権を受働債権とする相殺について債務不履行責任では可能ですが人身損害の場合は不可です。不法行為責任では悪意による不法行為又は人身損害の場合は不可です。
失火責任法の適用について債務不履行責任には適用がなく不法行為責任には適用があります。
債務不履行責任と不法行為責任が競合したときは債権者はいずれをも任意に主張して損害賠償を請求することができるとするのが判例の立場です。
709条の要件
709条は故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者はこれによって生じた損害を賠償する責任を負うと定めています。要件は故意又は過失、責任能力、権利又は法律上保護される利益の侵害、損害の発生及び行為と損害の間の因果関係です。
故意と過失
故意とは一定の結果が発生すべきことを意図し又は少なくともそうした結果の発生すべきことを認識ないし予見しながらそれを認容して行為をするという心理状態をいいます。
過失とは結果発生の予見可能性がありながら結果発生を回避するために必要とされる措置を講じなかったことすなわち結果回避義務違反をいいます。
過失の客観化
従来過失とは自己の行為により一定の結果が発生することを認識すべきであるのに不注意のためにその結果の発生を認識しないでその行為をするという心理状態であると理解されてきました。しかし判例は結果発生防止のために必要かつ十分な注意を尽くしたかどうかという客観的注意義務違反の有無を問題にするようになりました。これを過失の客観化といいます。公害事件に関する大阪アルカリ事件判決は事業の性質に従って相当な設備を施しているならば過失はないとしています。
第三者に対する注意義務
建物建築に携わる設計者等は建物の建築に当たり契約関係にない居住者を含む建物利用者等に対する関係でも当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることのないように配慮すべき注意義務を負っています。かかる義務を怠ったために建築された建物に安全性を損なう瑕疵がありそれにより居住者等の生命等が侵害された場合には設計者等は不法行為の成立を主張する者が瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限りこれによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うとされています。建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵の内容には建物の瑕疵が居住者等の生命、身体又は財産に対する現実的な危険をもたらしている場合のみならず放置するといずれは居住者等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化することになる場合も含まれます。
医療水準と過失
医療機関に要求される注意義務の基準となるべきものは診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であり医学の水準ではありません。新規の治療法の存在を前提にして治療に当たることが医療機関に要求される医療水準であるかどうかを決するについては当該医療機関の性格や所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきとされています。
チーム医療での手術における総責任者の患者やその家族に対する説明義務について一般に総責任者が条理上説明義務を負うことは肯定されていますが主治医が説明をするのに十分な知識と経験を有している場合においては主治医の説明が不十分なものであってもまた総責任者が自ら説明を行わなくとも総責任者が必要に応じて主治医を指導と監督していたときには総責任者の説明義務違反は認められないとされています。
失火責任法
失火の場合には加害者に重過失がない限り不法行為責任を負いません。我が国では木造家屋が多く気候や消防の状況からみて類焼などによる損害が膨大なものとなるので重過失に限定したものです。債務不履行責任には失火責任法の適用はないので原則通り過失責任となります。
過失責任の原則と故意・過失の立証
過失責任の原則とは行為者に非難すべき点があるときそれを理由に損害賠償責任を負担させようとする原則です。故意又は過失の立証責任は原告となる被害者が負います。ただし場合によっては立証責任の転換ができます。
権利又は法律上保護される利益の侵害
判例は厳密な意味で権利とはいえなくても法律上保護される一つの利益であれば不法行為法による保護の対象になるとしています。
景観利益すなわち良好な景観に近接する地域内に居住しその恵沢を日常的に享受している者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益は法律上保護された利益です。ただしある行為が景観利益に対する違法な侵害となるためには刑罰法規や行政法規違反、公序良俗違反など社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められるとされています。
顧客情報として会社のサーバコンピュータに記録されている個人識別情報を不正な利益を得る目的で複製し複数の名簿業者に漏えいさせる行為は法的保護の対象たる個人のプライバシーを侵害する行為に当たります。
著名な歌手の写真を無断で使用し雑誌に掲載する行為は肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し又は肖像等を商品等の広告として使用するなど専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合にはパブリシティ権を侵害するものとして不法行為法上違法となります。
債権侵害の類型
債権侵害の類型として第1に債権の帰属自体を侵害した場合があります。第2に債権の目的である給付を侵害して債権を消滅させた場合があります。第3に債権の目的である給付を侵害するが債権は消滅しない場合があります。債権が自由競争原理の上に成り立つものでありこの原理内において互いに侵し合うことはやむを得ない以上第三者の債権侵害が不法行為となるには故意行為であることが必要であるとの立場が有力です。
違法性阻却事由
違法性阻却事由として正当防衛、緊急避難、自力救済、正当業務行為及び被害者の承諾があります。
自力救済については違法な侵害に対し現状を維持することが不可能又は著しく困難と認められる緊急やむを得ない特別の事情がある場合に必要限度内で自力の行使が認められます。
被害者の承諾については加害行為以前に被害者が自由意思をもって加害を明示又は黙示に承諾した場合はその承諾が公序良俗に反しない限り違法性が阻却されます。承諾するに際して行為能力を要しないとするのが多数説です。事後の明示又は黙示の承諾は損害賠償請求権の放棄となり承諾は遅くとも加害行為があった時までには存在しなければなりません。
名誉毀損と表現の自由の調整について事実の摘示による名誉毀損では当該行為が公共の利害に関する事実にかかり専ら公益を図る目的に出た場合には摘示された事実が真実であることが証明されたときには違法性が阻却されます。また真実性の証明がなされなくても真実と信じるにつき相当の理由があるときには故意又は過失が欠けることになります。意見や論評の表明による名誉毀損ではその行為が公共の利害に関する事実に係りかつその目的が専ら公益を図ることにあった場合に意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限りその行為は違法性を欠くとされています。
プライバシー侵害と表現の自由の調整についてはその事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するとされています。
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