老齢年金減額訴訟の事案
老齢年金減額訴訟は、老齢年金の特例水準すなわち過去の物価下落時に特例措置として年金額を減額せずに据え置いたことなどにより本来の年金額の水準よりも2.5%ほど高い水準になっている実際の年金額の水準について、3年度にわたって段階的に一律に解消する旨を定めた平成24年改正法が25条、29条に違反するかどうかが争われた事案です。
老齢年金減額訴訟の判旨
最高裁は、特例水準は当初から将来的に解消されることが予定されていたとしました。また、特例水準による年金額の給付を維持することは、賦課方式すなわち現在の年金受給権者に対して支給される年金給付の財源を主に現役世代が負担する保険料によって賄う方式を基本とする制度の下で現役世代に本来の負担を超える負担を強いることとなり、さらに現役世代が年金の給付を受けるようになった際の財源を圧迫することにもつながるとしました。
そして、平成24年改正法の制定時には今後我が国の少子高齢化の進展に伴い現役世代の保険料や税の負担能力が更に減少する一方で支給すべき老齢年金の総額が更に増加することが合理的に予測されていたとしました。
これらの点などから、特例水準によって給付の一時的な増額を受けた者について一律に特例水準を解消することは、賦課方式を基本とする我が国の年金制度における世代間の公平を図り年金制度に対する信頼の低下を防止しまた年金の財政的基盤の悪化を防ぎもって年金制度の持続可能性を確保するとの観点から不合理なものとはいえないとしました。
以上によれば、立法府においてこのような措置をとったことが著しく合理性を欠き明らかに裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものであるということはできず、年金受給権に対する不合理な制約であるともいえないとし、本件部分は25条、29条に違反するものとはいえないとしました。
生活保護基準引下げ訴訟の事案
生活保護基準引下げ訴訟は、生活保護法に基づく生活扶助を受給していた者らが、平成25年から平成27年にかけて行われた生活扶助基準の改定を理由に生活扶助の支給額を減額する旨の保護変更決定を受け、本件改定は違法であるなどと主張して保護変更決定の取消し及び国家賠償法に基づく損害賠償を求めた事案です。
本件改定は主として「ゆがみ調整」と「デフレ調整」を内容としています。「ゆがみ調整」とは生活保護費の算定の基礎となる生活扶助基準に一般低所得世帯の消費実態を反映させる措置であり、「デフレ調整」とは物価変動率を指標として基準生活費を一律に4.78%減額する措置です。
厚生労働大臣は、「ゆがみ調整」について、生活保護基準部会が平成25年に行った検証の結果を本件改定にそのまま反映させず、その2分の1のみを反映させました。これは、検証の結果をそのまま反映させると児童のいる世帯への減額の影響が大きくなること等を踏まえたものとされますが、その際基準部会や専門家から意見を聴取するなどの手続はとられませんでした。
また、厚生労働大臣は従来水準均衡方式すなわち一般低所得世帯の消費実態との均衡を図る方式によって改定されてきた生活扶助基準を、物価変動率のみを直接の指標として改定することとし、その際も基準部会等による審議検討を経るといった手続はとられませんでした。
生活保護基準引下げ訴訟の判断枠組み
最高裁は、生活保護法にいう最低限度の生活は抽象的かつ相対的な概念であってその具体的な内容はその時々における経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであり、厚生労働大臣がこれを保護基準において具体化するに当たっては国の財政事情を含めた多方面にわたる複雑多様なしかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするとしました。
そうすると厚生労働大臣は生活扶助基準を改定するに当たりそれにより基準生活費を減額されることとなる被保護者の期待的利益についての配慮の要否等を含め専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権を有しているとしました。そして、生活扶助基準の改定に際しては専門家により構成される合議制の機関等により各種の統計や資料等に基づく専門技術的な検討がされてきたというこれまでの経緯等に鑑みると、厚生労働大臣の裁量判断の適否に係る裁判所の審理においては、主として本件改定に至る判断の過程及び手続に過誤、欠落があるか否か等の観点から、統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性の有無等について審査されるとしました。
「ゆがみ調整」に係る厚生労働大臣の判断の違法性
最高裁は、平成25年検証の結果をそのまま生活扶助基準に反映させると児童のいる世帯への減額の影響が大きくなることが見込まれており、生活扶助基準の見直しを具体的に検討する際には児童のいる世帯への影響に配慮する必要があるという観点からその反映に当たり減額率を限定することには合理性があるとしました。また、ゆがみ調整が生活保護受給世帯間の公平を図ることを目的とするものであることに照らせば減額率に合わせて増額率を限定することにも一定の合理性があるとしました。これらのことなどを踏まえると、ゆがみ調整における改定率を平成25年検証の結果をそのまま生活扶助基準に反映する場合の2分の1に限定したことが不合理であるともいえないとしました。
なお、厚生労働大臣は基準部会やその委員等の専門家から意見を聴取するなどせずに2分の1処理をしたものですが、生活保護法その他の法令において厚生労働大臣が保護基準を改定するに当たり基準部会の審議検討等を経なければならないとされているものではないし、これを経た場合であってもその意見等は同大臣を法的に拘束するものではなくその考慮要素として位置付けられるべきものであるから、上記の事情をもって2分の1処理に係る厚生労働大臣の判断の過程及び手続に過誤、欠落があったものということはできないとしました。
以上により、2分の1処理を含むゆがみ調整に係る厚生労働大臣の判断に統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性に欠けるところがあるということはできないとしました。
「デフレ調整」に係る厚生労働大臣の判断の違法性
最高裁は、生活扶助基準の改定方式につき生活保護法その他の法令には何らの定めもなく厚生労働大臣に専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権が認められることからすれば、生活扶助基準の改定の際にどのような指標を用いるかについても同大臣の裁量判断に委ねられているとしました。
もっとも、物価はこれが変動すれば消費者の消費行動に一定の影響が及ぶとは考えられるものの飽くまで消費と関連付けられる諸要素の一つにすぎず、物価変動が直ちに同程度の消費水準の変動をもたらすものとはいえないことなどから、物価変動率は生活扶助基準の改定の際の指標の一つとして勘案することが直ちに許容されないものとはいえないとしても、それだけでは消費実態を把握するためのものとして限界のある指標であるといわざるを得ないとしました。
そうすると、物価変動率のみを直接の指標として基準生活費の改定率を定めることが統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整合性を有するものというために、上記限界を踏まえてもなお物価変動率のみを直接の指標とすることが合理的であることにつき、物価と最低限度の消費水準との関係や従来の水準均衡方式による改定との連続性、整合性の観点を含め、専門的知見に基づいた十分な説明がされる必要があるとしました。
しかし、国側は物価変動率のみを直接の指標として用いても専門的知見と整合しないものではないなどと説明するにすぎず、不均衡を是正するために物価変動率のみを直接の指標として用いることが合理的であることについて専門的知見に基づいた十分な説明がされているということはできないとしました。そして、物価変動率のみを直接の指標として用いることについて基準部会等による審議検討が経られていないなど、その合理性を基礎付けるに足りる専門的知見があるとは認められないとしました。
そうすると、物価変動率のみを直接の指標として用いたことに専門的知見との整合性を欠くところがあり、この点においてデフレ調整に係る厚生労働大臣の判断の過程及び手続には過誤、欠落があったものというべきであるとしました。したがって、本件改定は物価変動率のみを直接の指標としてデフレ調整をすることとした点においてその厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があり、生活保護法に違反して違法というべきであるとしました。
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