実行の着手時期に関する学説
いかなる場合に実行の着手が認められるかすなわち実行の着手時期が問題となります。
形式的客観説は実行行為の開始行為がなされた時点で実行の着手を認める見解です。43条本文の犯罪の実行に着手しては実行行為に着手してと解釈すべきであることを根拠とします。形式的客観説に対しては窃盗罪においては財物を窃取する行為、放火罪においては放火する行為の開始がなければ未遂犯が成立しないこととなるがこれでは未遂犯の成立時期が遅すぎると批判されています。
修正された形式的客観説は実行行為の開始行為に密接する行為がなされた時点で実行の着手を認める見解です。形式的客観説に対する批判と同じ問題意識に立ちつつ罪刑法定主義が刑法の基本原則とされていることからすれば実行に着手してという文言による制約を重視すべきであることを根拠とします。この見解に対しては密接する行為かどうかを専ら形式的な観点から判断することは困難であり実質的な観点を併せて考慮せざるを得ないと批判されています。
実質的客観説は結果発生の現実的危険性が生じた時点で実行の着手を認める見解です。刑法の法益保護機能に鑑みると法益が侵害されたときにはじめて処罰するのでは遅く侵害の危険性があることをもって処罰する必要がある一方国民の自由保障機能に鑑みると処罰範囲を明確化するとともに刑罰に見合うだけの危険性がある場合に限定する必要があることを根拠とします。実質的客観説に対しては危険性という概念は必ずしも明確ではなくその判断にも幅がありうるため危険性の有無の判断は容易ではないこと及び危険性の理解によっては実行行為の開始行為に密接する段階を超えてより早い段階で着手を認めることにもなりうるので未遂犯の成立時期が早すぎることが批判されています。
形式及び実質二元説は実行行為に密接しかつ結果発生の現実的危険性が認められる行為が行われた時点で実行の着手を認める見解です。実質的客観説の理由に加え危険性という概念は必ずしも明確ではないため実行に着手してという文言による制約を重視し実行行為との密接性という形式的な観点からの限界づけを行う必要があることを根拠とします。実行の着手の有無を判断するに当たり客観的事情に加え故意や犯行計画などの主観的事情も判断資料として考慮します。主観的事情をも考慮に入れなければ行為のもつ密接性や危険性を適切に評価することができないためです。
各犯罪類型における実行の着手時期に関する判例
窃盗罪について住居侵入窃盗の場合には物色行為開始時に実行の着手が認められます。たんすに近づいた時点や現金レジスターのある場所へ行こうとした時点がこれに当たります。土蔵内での窃盗の場合には侵入行為時に実行の着手が認められます。スリの場合には窃取しようとしてポケットの外側に手を触れた時に実行の着手が認められますがいわゆるあたり行為では足りません。
詐欺罪について保険金騙取目的の放火の場合には保険金支払請求時に実行の着手が認められます。また判例は振り込め詐欺の被害者に対し警察官を装い捜査協力名下で現金を支払わせる計画の下被害者に対して銀行から現金を払い戻すよう指示し同現金の交付を受けるため自宅へ向かう旨を告げた時点で実行の着手を認めています。
強盗罪について住居侵入強盗の場合には暴行又は脅迫の開始時に実行の着手が認められます。昏酔強盗罪の場合には相手方を昏酔させる行為の開始時に実行の着手が認められます。
放火罪について判例は木造平屋建家屋の床面の大部分にガソリンをまいた時点で実行の着手を認めています。また自然に発火し導火材料を経て目的物を燃やす装置を設置した時にも実行の着手が認められます。住宅焼損の目的で住宅に近接する物置に放火し物置の一部を焼損した場合には現住建造物放火罪の実行の着手があるとされています。
不作為犯の実行の着手時期
不作為犯の実行の着手時期は結果を防止すべき法律上の作為義務を負う者がその義務に違反して作為を行わず構成要件的結果の現実的危険を惹起させた時です。また結果発生の現実的危険がすでに発生しているときは作為義務違反が生じた時に実行の着手が認められます。
間接正犯の実行の着手時期
他人を道具として利用して犯罪を実現する間接正犯の実行の着手時期については争いがあります。
利用者基準説は利用者が被利用者を犯罪に誘致する行為を開始した時点で実行の着手を認める見解です。実行の着手は実行行為の起点となるものであるところ実行行為は正犯者すなわち利用者にしか行うことができないこと、実行行為は実行の意思に基づくものでなければならないところ間接正犯における実行の意思は利用者のみが有すること及び被利用者の行為は因果経過にすぎないことを根拠とします。利用者基準説に対しては実行行為の概念を不当に拡大し実行の着手を早く認めすぎること、利用行為の開始が必ずしも構成要件的結果発生の現実的危険性を惹起するわけではないこと及び直接正犯では法益侵害の現実的危険性の惹起が要求されるのに対し間接正犯では誘致行為で足りるとするのでは早すぎて均衡を欠くことが批判されています。
被利用者基準説は被利用者が実行行為を開始した時点で実行の着手を認める見解です。間接正犯において被利用者の行為そのものは多くの場合被利用者の意思に基づくものであり利用行為の終了により直ちに犯罪実現の現実的危険性が顕著になったとはいえないことを根拠とします。判例は被利用者基準説に立つとされています。判例は殺人目的で毒物を混入した白砂糖を郵便小包として送付した場合について被告人がこれを発送したときでなく被害者がこれを受領したときに殺人罪の実行の着手が認められるとしています。被利用者基準説に対しては利用行為の開始をもって実行の着手とすべき場合もあるので一律に被利用者の行為を基準とするのは不当であること、被利用者の中には心神喪失者など刑法的意味における行為をなしえない者も含まれるがそのような者の行為は実行行為たりえないはずであること及び被利用者が道具としての行為を開始した時に実行の着手を認めると実行の着手時期を他人の動作に依存させることになり不当であることが批判されています。
個別化説は構成要件的結果発生に至る現実的危険性を惹起した時点で実行の着手を認める見解です。実行の着手とは結果発生の現実的危険を含む行為の開始をいうのだから間接正犯の場合でも一律に利用者又は被利用者いずれか一方の行為を基準とするのではなく実質的見地から個別に解決すべきであることを根拠とします。
さらに当該犯罪類型の未遂犯として処罰に値するだけの法益侵害の危険性が高まった時点で着手を認める見解もあります。この見解は実行行為と実行の着手時期とは必ずしも同時である必要はなく利用行為を処罰の対象たる実行行為としつつその着手時期は被利用者の行為を基準に決定することができるとします。
また判例は現金を喝取する目的で現金の交付を要求する脅迫状を郵送し被喝取者が不在中その家族が同脅迫状を受け取った場合に恐喝罪の実行の着手を認めています。
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