期待可能性の意義
期待可能性とは行為の際の具体的事情の下で行為者に犯罪行為を避けて適法行為をなしえたであろうと期待できることをいいます。期待可能性が欠ける場合は責任が阻却されます。
判例は期待可能性の理論について肯定も否定もしていません。
期待可能性の判断基準
期待可能性の有無を判定する基準をどのように解するかは争いがあります。
行為者標準説
行為者標準説は行為の際における行為者自身の具体的事情を基準とする見解です。期待可能性の理論は行為者の人間性の弱さに対して法的救済を与えることを目的としているからその存否を判断する標準も行為者自身の立場に求められるべきであること及び刑法における責任は構成要件に該当する違法な行為に加えられる人格的非難であるから行為者個人の立場について考えられるべきであることを根拠とします。
行為者標準説に対してはあらゆる行為は必然的に行われるものであるから行為者の側に立つと全て理由があって違法行為が行われたことになるので結局全てを許すことになり不当に刑事司法を弱体化すること、極端な個別化をもたらし法の画一性の要請に反すること及び確信犯人は常に期待可能性がなく無罪にされてしまうことが批判されています。
この批判に対し行為者標準説は行為者自身の具体的事情を考慮することは行為者の主観面のみを偏重するのではなく行為者の能力を客観的に上限において判断するものであると反論しています。
平均人標準説
平均人標準説は行為者の立場に平均人を置いた場合にやはり他の行為を期待しえたかどうかを判断の基準とする見解です。法は平均人に要求される準則の違背を有責的として非難するものであること及び行為者個人を基準にした場合にはすべての行為はそうせざるを得なかったのだということになりかねないから責任評価の基準は一般人と考えざるを得ないことを根拠とします。
平均人標準説に対しては責任非難は行為者にとって可能なことを限界としなければならないから平均人には期待が可能でも行為者に期待が不可能なときは非難ができないこと、平均人という観念は不明確でありこれを前提とする限り期待可能性の有無の判断が曖昧なものになること及び責任能力の観念がすでに平均人の観念を基礎として構成されているので期待可能性の標準として平均人の観念を用いるのは概念の重複にほかならないことが批判されています。
国家標準説
国家標準説は適法行為を期待する国家ないし国法秩序を標準としその具体的要求を考慮すべきものとする見解です。期待可能性は期待する者である国家と期待される者である個人との間における現実の情況下での緊張関係として把握されるべきであり個人の現実的能力を標準とするものではなくさらに意思の緊張及び努力を要求するものであることを根拠とします。
国家標準説に対してはこの説は法律上いかなる場合に期待可能性が認められるかを論ずるについてただ法秩序がこれを期待する場合であると答えるものであって問いに答えるに問いをもってする循環論であると批判されています。
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