放火及び失火の罪の概説
放火及び失火の罪は火力の不正な使用によって建造物その他の物件を焼損する犯罪です。放火罪は故意犯であり現住建造物等放火罪、非現住建造物等放火罪及び建造物等以外放火罪に分けられます。このほか結果的加重犯としての延焼罪、過失犯としての失火罪、業務上失火罪及び重失火罪、さらに消火妨害罪、激発物破裂罪、ガス漏出等罪及び同致死傷罪があります。
保護法益
放火及び失火の罪の第一次的保護法益は不特定又は多数人の生命、身体及び財産であり公共危険罪としての性格を有します。第二次的保護法益は個人の財産権です。109条及び110条が客体が自己所有か否かで異なる取扱いをしていることがその根拠です。また現住建造物か非現住建造物かによって法定刑に差異が生じることから人の生命及び身体に対する罪としての性格も有しています。
現住建造物等放火罪
108条は放火して現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑に処すると定めています。本罪は抽象的危険犯です。
現に人が住居に使用しの意義
人とは犯人以外の者をいいます。したがって犯人が1人で住居の用に使用する家屋を焼損した場合には現住建造物放火罪ではなく自己所有の非現住建造物放火罪が成立します。
現に住居に使用とは起臥寝食する場所として日常利用されていることをいい昼夜間断なく人がその場所にいることは不要です。競売手続の妨害目的で従業員らを交代で泊り込ませていた家屋につき放火前に当該従業員らを旅行に連れ出していて放火当時は現在していなかったとしても従業員らが旅行から帰れば再び家屋での宿泊が継続されるものと認識していた場合には使用形態の変更はなかったものと認められ現住建造物にあたるとされています。
現に人がいるの意義
現に人がいるとは放火の際犯人以外の者が現実に居合わせることをいいます。したがって居住者全員を殺害した上でその家屋に放火すれば非現住建造物放火罪が成立しうることになります。
建造物の意義
建造物とは家屋その他これに類する建築物であって屋蓋を有し障壁又は柱材によって支持され土地に定着し少なくともその内部に人が出入りしうるものをいいます。取り外しの自由な雨戸、板戸、畳、建具、ふすまなどは建造物の一部とはいえません。ただし毀損しなければ家屋から取り外すことができない状態にあれば雨戸等であっても建造物の一部にあたります。なお航空機は客体に含まれません。
放火の意義
放火とは客体の燃焼を惹起させる行為を行うことをいいます。媒介物を介して目的物に点火する場合には媒介物への点火も含みます。放火は作為のみならず不作為によっても行うことができます。不作為による放火は自己の故意によらずに発生した火力を消し止めるべき法律上の義務を有する者が容易に消し止めうる状況にあったのにことさら消火の手段を怠った場合に認められます。
放火の実行の着手時期
放火する行為すなわち目的物に点火する行為又は媒介物に点火する行為を開始した時点で実行の着手が認められます。もっともこれらの行為をする前段階であっても焼損結果が発生する現実的危険性のある行為についてはその行為を行った時点で実行の着手が認められる場合があります。木造家屋を焼損させようと考え引火性の高いガソリンを撒布した場合には点火行為の前でも実行の着手が認められます。また自然に発火し導火材料を経て目的物を燃やす装置を設置した時点でも実行の着手が認められます。
焼損の意義
放火罪が既遂に達するためには客体を焼損することが必要ですが焼損の意義をめぐっては争いがあります。
独立燃焼説は火が放火の媒介物を離れ目的物に燃え移り独立に燃焼を継続する状態に達した時点を焼損とします。放火罪は公共危険罪であり我が国の家屋の構造や過密住宅地区における延焼の危険性等からすると独立燃焼の段階で公共の危険は発生していること及び他の説では未遂罪のない失火罪等の成立範囲があまりに狭くなることがその理由です。判例はこの独立燃焼説を採用しています。家屋の床板や押入床板等を燃焼させた事案において放った火が家屋の部分に燃え移り独立して燃焼する程度に達したことは明らかであるとして現住建造物放火罪の既遂が成立するとしています。これに対しては既遂時期が早すぎて未遂犯特に中止未遂を認める余地が狭すぎることや焼損という日本語は目的物の一定程度以上の部分が燃焼すると解するのが自然であることが批判されています。
効用喪失説は火力によって目的物の重要な部分を失いその本来の効用を喪失した時点を焼損とします。目的物の財産的価値を重視すべきであること及び出水罪の実行行為である浸害が一般に水力による客体の効用の滅失や減損を指すこととの対比がその理由です。これに対しては自己所有物に放火しても処罰される以上財産犯的側面を重視すべきでないこと、難燃性の建造物に放火して有毒ガスが発生し生命や身体に危険が生じても建造物自体が燃焼しない限り既遂犯が成立しないため処罰範囲が狭すぎること及び建造物が少なくとも半焼に至らない限り既遂に達しない可能性があり既遂時期が遅きに失することが批判されています。
このほか物の主要部分が建造物全体に燃え移る危険のある程度に炎をあげ燃焼を始めた時点を焼損とする燃え上がり説や火力によって目的物が毀棄罪の損壊の程度に達した時点を焼損とする一部損壊説なども主張されています。
現住建造物等放火罪の故意
本罪は故意犯であり放火して本罪の客体を焼損することの認識及び認容が必要です。ある建造物に放火した際にたまたまその建造物に人が現在していてもそのことを行為者が認識していなければ本罪の故意は否定され非現住建造物等放火罪が成立するにとどまります。
現住建造物等放火罪の故意で非現住建造物等放火罪や建造物等以外放火罪の客体に放火した場合には現住建造物等が焼損する危険性が認められれば現住建造物等放火罪の未遂罪が成立します。
罪数及び他罪との関係
本罪は公共危険犯であることから複数の行為が存在したり現住建造物等のほか109条や110条所定の客体を焼損した場合であっても生じた公共の危険が1個と評価できれば最も重い本罪のみが成立します。焼損した建造物が複数に及んでも同じです。
建物内の住人を殺害する目的で放火しその建物が焼失してその住人が死亡した場合には現住建造物等放火罪と殺人罪の観念的競合となります。住居に侵入して本罪が行われた場合には侵入行為と放火行為は手段と目的の関係にあるため住居侵入罪と本罪の牽連犯となります。現住建造物等の内部の人を殺害した後に同建造物に放火した場合には殺害行為と放火行為は別個の法益を侵害する行為であるため殺人罪と本罪の併合罪となります。火災保険金詐欺の目的で現住建造物等に放火し後に火災保険金の支払を請求して保険金を詐取した場合には本罪と詐欺罪の併合罪となります。
建造物の一体性
それ自体として独立した複数の建造物が渡り廊下などで接合している場合にこれらの建造物を1個の建造物と評価できるかどうかが問題となります。
判例は複数の建造物とこれらを接続する回廊や歩廊から成り回廊等伝いに一周しうるという一体の構造になっていた点及び木造であり大量の木材が使用されていたため一部に放火された場合に他の部分に延焼する可能性を否定できなかった点を考慮して一部に放火されることにより全体に危険が及ぶと考えられる一体の構造であると評価しています。これを物理的一体性といいます。また拝殿で礼拝や神事が行われていた点や夜間には宿直員が執務をするほか巡回することになっていた点を考慮して全体が一体として日夜人の起居に利用されていたものと評価しています。これを機能的一体性といいます。結論として当該社殿は物理的に見ても機能的に見てもその全体が一個の現住建造物であったと認めるのが相当であるとして建造物の一体性を認めています。
物理的一体性
物理的一体性は構造上の一体性及び延焼可能性からなります。それ自体として独立した複数の建造物を1個の建造物と評価するためには物理的観点からそれが外観上及び構造上一体のものとなっていなければなりません。構造上の一体性はマンションなどの外観上1個の建造物や複数の建造物が渡り廊下などによって接合されている場合に認められます。
もっとも構造上の一体性が認められる場合であっても耐火構造等により現住部分への延焼可能性が認められない場合には物理的一体性が否定されます。108条が死刑も含む極めて重い法定刑を定めている趣旨は不特定又は多数人の生命、身体及び財産に対する危険のみならず類型的にみて建造物内部の個人の生命及び身体に対する危険を有する行為をより重く処罰する点にあるところ現住建造物への延焼可能性がない場合には建造物内部の個人の生命及び身体に対する危険が生じないためです。したがって延焼可能性は物理的一体性の判断に不可欠の要素であり物理的一体性は構造上の一体性と延焼可能性の双方が認められて初めて肯定されます。
機能的一体性
機能的一体性とは具体的には使用上の一体性を意味します。宿直員や守衛等による巡回は機能的一体性を認める事情の1つとなります。現住部分と非現住部分が一体として使用されることにより現住部分にいる人が非現住部分を訪れる可能性が常にあるといえる場合には当該非現住部分への放火は建造物内部の個人の生命及び身体に対する危険を有する行為といえます。そのため物理的一体性が弱い場合であっても機能的一体性を有すると認められる場合には複合建造物の一体性が認められると解されています。
物理的一体性と機能的一体性の関係
機能的一体性はあくまで物理的一体性が認められる場合において建造物内部の個人の生命及び身体に対する実質的な危険があるかどうかを判断する際に補充的かつ補助的な要素として考慮されるにとどまるものと解されています。物理的一体性を欠く建造物であっても機能的一体性が認められることのみを根拠に建造物の一体性を認めてしまうと処罰範囲が不当に広くなることがその理由です。
アプリの紹介
過去問を一文一問形式で解けるアプリを開発しました。
