賄賂罪の保護法益
賄賂罪の保護法益については争いがあります。
信頼保護説は職務の公正とそれに対する国民の信頼を保護法益とします。職務行為に賄賂が絡まず公正であることについての社会の信頼が害されると買収や不正の横行につながり国民の失望や不安及び行政不信や政治不信を招くこと並びに正当な職務や過去の職務に対する賄賂でも職務の公正を疑わせることになることがその理由です。判例はこの立場をとっています。これに対しては職務の公正を害する危険が全くない場合でも根拠のない疑いにより信頼が害された場合に処罰することになるのは疑問であるとの批判がなされています。
純粋性説は職務行為の公正を保護法益とします。他の国家的法益と区別し賄賂罪だけで信頼を独立の法益にする必要はないこと及びこうすることで漠然とした疑惑を通じて職務と賄賂の対価関係が曖昧にされることを防ぐことができることがその理由です。これに対しては過去の職務行為に対しては賄賂罪は成立しえないということになること及び職務行為が適法であった場合にも賄賂罪が成立することを説明しえないことが批判されています。
単純収賄罪
197条1項前段は公務員がその職務に関し賄賂を収受し又はその要求若しくは約束をしたときは5年以下の拘禁刑に処すると定めています。
職務に関しの意義
職務とは公務員がその地位に伴い公務として取り扱うべき一切の業務をいい独立の決裁権があることを要しません。具体的に事務分配を受けていなくても一般的職務権限の範囲内であれば職務にあたりえます。公務員が具体的事情の下においてその行為を適法に行うことができたかどうかは問うところではありません。
一般的職務権限の範囲内であれば将来において行うべき職務でもよいとされています。判例は市長がその任期満了前に現に市長としての一般的職務権限に属する事項に関し再選された後に担当すべき具体的職務について請託を受けて賄賂を収受した場合に受託収賄罪が成立するとしています。
職務には職務密接関連行為も含まれます。職務密接関連行為とは形式的には一般的職務権限に属さず職務権限そのものの行使とはいえないがそれと密接に関係する行為をいいます。職務密接関連行為には自己の本来の職務行為から派生する行為と職務を利用して事実上の影響力を行使する行為の2つの類型があります。
判例は職務密接関連行為を肯定した例として自己の本来の職務行為から派生する行為では村役場の書記が村長の補助として担当していた事務や市議会議員が会派内で議長選挙の候補者を選出する行為を認めています。職務を利用して事実上の影響力を行使する行為では大学設置審議会委員が審査基準に照らして教員候補者の適否をあらかじめ判定する行為や県立医科大学の教授が自らが主宰する医局に属する医師を関連病院に派遣する行為などを認めています。
一方で判例は職務密接関連行為を否定した例として復興金融公庫からの融資を受けようとした者に対する他の公務員への紹介状の交付行為や電報電話局の係長が電話売買の斡旋をする行為及び工場誘致の職務を担当していた公務員が別の私有地を斡旋した行為を挙げています。
賄賂の意義
賄賂とは職務に関連する不正の報酬としての一切の利益をいいますが個別の職務行為との間に具体的対価関係があることまでは要しません。およそ人の需要又は欲望を満たす利益であればいかなるものでも賄賂にあたります。就職のあっせん、地位の供与及び異性間の情交なども賄賂にあたると解されています。
中元や歳暮などの名目で贈られても賄賂となりますが社交儀礼の範囲内であれば賄賂にあたりません。早期に売却する必要があったが難航していた土地について工事受注の謝礼の趣旨で買い取ってもらった場合には土地の売買代金が時価相当額であったとしてもその換金の利益は賄賂にあたります。
単純収賄罪の行為
収受とは供与された賄賂を自己のものとする意思で現実に取得することをいいます。賄賂を受け取ったとしても後日返還する意思がある場合には自己のものとする意思がないため収受にあたりません。要求は一方的なもので足り相手が応ずる必要はなく要求を行った時点で既遂となります。約束とは賄賂の授受についての意思の合致をいいます。後に約束を解除する意思を表示しても賄賂罪の成否には影響しません。
単純収賄罪の故意
客体の賄賂性についての認識が必要です。すなわち目的物が職務行為の対価であることを認識していることを要します。
単純収賄罪の罪数と他罪との関係
賄賂の要求、約束及び収受が一連の行為として行われた場合は包括して1個の収賄罪が成立します。
公務員が恐喝的又は詐欺的方法を用いて賄賂を供与させた場合に恐喝罪や詐欺罪と賄賂罪の関係が問題となります。判例及び通説は公務員に職務執行の意思がない場合にはその公務員は職務に関し賄賂を収受したとはいえず被害者を恐喝して財物を自己に交付させる意思しか有していないので収賄罪は成立せず恐喝罪や詐欺罪のみ成立すると解しています。これに対し公務員に職務執行の意思がある場合には恐喝罪や詐欺罪と収賄罪との観念的競合となります。被害者である賄賂の供与者については公務員に恐喝罪や詐欺罪しか成立しない場合は不可罰となりますが公務員に収賄罪が成立する場合には贈賄罪も成立します。
過去の職務と収賄罪の成否
公務員が転職した後にその転職前の職務に関して賄賂を収受等した場合に収賄罪の成否が問題となります。
公務員が民間企業に転職した後に公務員であった時の職務行為に関して賄賂を収受等した場合は主体がもはや公務員ではないので事後収賄罪以外の収賄罪は成立しえません。
公務員が一般的職務権限を同じくする他の公務員の職に転職した後に前職の職務行為に関して賄賂を収受等した場合は転職前と転職後の職務の一般的職務権限は同じであるので公務員は転職前の職務に関して賄賂を収受等したといえます。したがって通常の収賄罪すなわち単純収賄罪、受託収賄罪又は加重収賄罪が成立します。
公務員が一般的職務権限を異にする他の公務員の職に転職した後に前職の職務行為に関して賄賂を収受等した場合については争いがあります。甲説は事後収賄罪のみ成立するとします。職務に関しの職務とは一般的職務権限内の職務を意味するところこれを異にする以上通常の収賄罪は成立しえないこと及び主体が公務員でも前職との関係では公務員であった者にほかならないことがその理由です。これに対しては事後収賄罪に関する条文の公務員であった者との文言を無視するものであって妥当でないとの批判及び事後収賄罪しか成立しないとすると請託の存在や職務違反行為がなければ不可罰となってしまい不合理であるとの批判がなされています。乙説は通常の収賄罪が成立するとします。197条1項のその職務とは自己の職務と解釈すべきであり必ずしも現在の職務と狭く解釈する必要はないこと及び過去に担当していた自己の職務と賄賂との間に対価関係が認められれば過去の職務行為の公正及びこれに対する社会一般の信頼が害されることがその理由です。判例はこの立場をとっています。
受託収賄罪
197条1項後段は公務員がその職務に関し請託を受けて賄賂を収受し又はその要求若しくは約束をしたときは7年以下の拘禁刑に処すると定めています。
請託とは公務員に対し一定の職務行為を行うこと又は行わないことを依頼することを意味します。黙示的でもよく依頼の内容が正当な職務行為であってもかまいません。ただし依頼の対象である職務行為は具体的に特定されている必要があります。何かと世話になった謝礼と併せて将来も好意ある取扱いを受けたいという趣旨で利益の供与を行ったとしても具体的な職務行為が特定されていないので請託があったとはいえません。
受託とは公務員が相手方の依頼を承諾することを意味します。
事前収賄罪
197条2項は公務員になろうとする者がその担当すべき職務に関し請託を受けて賄賂を収受し又はその要求若しくは約束をしたときは公務員となった場合において5年以下の拘禁刑に処すると定めています。
事前収賄罪は賄賂が職務行為を行う公務員ではなく公務員になろうとする者に収受されるため職務行為と賄賂との間の対価関係を明確にする観点から請託の存在及びその者が公務員となったことが成立要件とされています。
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