遺棄の罪の保護法益
遺棄の罪の保護法益は扶助を必要とする者の生命及び身体の安全です。なお保護法益を生命の安全のみであると考える見解や生命及び身体の安全のほか社会的風俗も保護法益に含まれるとする見解も存在します。
単純遺棄罪
217条は老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は1年以下の拘禁刑に処すると定めています。
単純遺棄罪の客体
単純遺棄罪の客体は老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者です。扶助を必要とする者すなわち要扶助者とは他人の保護によらなければ自ら日常生活を営む動作をすることが不可能もしくは著しく困難な者をいいます。老年、幼年、身体障害又は疾病のためにという文言は扶助を必要とする原因すなわち要扶助原因を限定列挙したものです。したがって熟睡中の者や手足を縛られた者は要扶助者にはあたりません。
保護責任者遺棄等罪
218条は老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄しまたはその生存に必要な保護をしなかったときは3月以上5年以下の拘禁刑に処すると定めています。
保護責任者遺棄等罪の主体
保護責任者遺棄等罪の主体は保護する責任のある者すなわち保護責任者です。判例及び通説の立場によると保護責任者遺棄罪は不真正身分犯であり保護責任者不保護罪は真正身分犯です。
保護義務の発生根拠
保護義務の発生根拠としては法令、契約、事務管理、慣習、条理及び先行行為が挙げられます。現在では要扶助者の生命及び身体に対する排他的支配という実質的根拠から保護責任の有無を判断する見解が有力となっています。
法令を根拠とした判例としては民法上先順位の扶養義務者がいても後順位者が老年者を看護すべき状態にあったときはその後順位者が保護責任者にあたるとしたもの及び自己の交通事故の被害者を救助するためいったん車に乗せながら別の場所に置き去りにした事案において道路交通法72条を根拠に保護責任を肯定したものがあります。ただし道路交通法上の救護義務により直ちに保護責任が肯定されるわけではなく単純なひき逃げの場合は保護責任は否定されるとするのが一般的です。もっとも排他的な支配を獲得した場合には保護責任者遺棄罪が成立しえます。判例は被害者を自動車に乗せて事故現場を離れて降雪中の薄暗い車道まで運び医者を呼んで来ると欺いて被害者を自動車から下ろし放置して走り去った事案において保護責任者遺棄罪の成立を認めています。
契約を根拠としたものとしては養子契約によって幼児を引き取った者は養子縁組が成立していなくても保護責任者にあたるとした判例があります。
事務管理を根拠としたものとしては病者を引き取り自宅に同居させたときはその引取主に引き取る義務がなくても病人が保護を必要とする限り継続して保護義務を負うとした判例があります。
慣習を根拠としたものとしては同居の従業員が病気になった場合の雇用主は保護責任者にあたるとした判例があります。
条理を根拠としたものとしては同行中の同僚がけんかをして重傷を負ったのにもかかわらず放置して立ち去った者は保護責任者にあたるとした裁判例及び3日間同棲した男が相手の女性と共謀しその女性の3歳の連れ子を高速道路に置き去りにした事案において当該男の保護責任を肯定した裁判例があります。
先行行為を根拠としたものとしては業務上堕胎を行った医師が生育可能性を有する嬰児を放置して死亡させた事案において当該医師の保護責任を肯定した判例及び覚醒剤を注射して女性が錯乱状態になったのに置き去りにした事案においてその者の保護責任を肯定した判例があります。また重篤な状態で入院していた被害者の親族がその被害者を病院から連れ出しホテルの一室に連れ込んで独自の治療を行う者に委ねて死亡させた事案において当該親族の保護責任を肯定した判例もあります。
保護責任者遺棄等罪の客体
保護責任者遺棄等罪と単純遺棄罪は同じ遺棄罪である以上両者の客体は同一であると解されています。病者には負傷により歩行不能となった者、高度の酩酊者及び覚醒剤により錯乱状態にある者などが含まれます。
不保護の意義
生存に必要な保護をしなかったすなわち不保護とは保護責任者が要保護者との間に場所的隔離を生じさせないまま要保護者の生命及び身体の安全のための保護を尽くさないことをいいます。不保護は場所的隔離を伴わない真正不作為犯です。
不保護の実行行為について判例は生存に必要な保護行為として行うことが刑法上期待される特定の行為をしなかったことを意味すると解すべきであり同条が広く保護行為一般を行うことを刑法上の義務として求めているものではないとしています。
遺棄等致死傷罪
219条は単純遺棄罪又は保護責任者遺棄等罪を犯しよって人を死傷させた者は傷害の罪と比較して重い刑により処断すると定めています。遺棄等致死傷罪は結果的加重犯であり死傷結果について故意がある場合を含みません。
遺棄の罪の罪質
判例及び通説は遺棄の罪は抽象的危険犯であると解しています。条文上具体的な危険の発生が要求されていないこと及び本罪を具体的危険犯と解すると生命に対する具体的危険の認識も必要となるが故意の点で殺人罪と本罪を区別できなくなることがその理由です。この立場によると遺棄行為がなされれば一般的に法益侵害の危険が生じたものと考えるので結果として生命及び身体に対する危険が生じるかどうかを問わず遺棄行為により遺棄罪が成立します。
遺棄の意義
217条は遺棄の処罰を規定し218条は保護責任者の遺棄及び不保護の処罰を規定していますがいわゆる置き去りが遺棄にあたるのか不保護にあたるのかが問題となります。不保護にあたるとするならば保護責任者でない限り処罰されないと考えられるため置き去りの評価と関連して遺棄及び不保護の解釈が問題となります。
A説は判例及び通説の立場であり217条の遺棄は移置すなわち作為を意味し218条の遺棄は移置に加え置き去りすなわち不作為も含むとします。217条には保護義務が規定されておらず不作為の遺棄行為を基礎付ける作為義務が要求されていないので不作為は処罰しない趣旨であること及び置き去りによる遺棄は不真正不作為犯であって作為義務者すなわち保護義務者によってのみ犯されうることがその理由です。これに対しては隣り合った条文で用いられている遺棄という文言の解釈が異なってよいのか疑問であること及びかかる理解では218条の遺棄が217条の遺棄に比べて加重処罰されていることを説明できないことが批判されています。
B説は217条の遺棄は作為による移置及び作為による置き去りを意味し218条の遺棄は作為及び不作為による移置並びに作為及び不作為による置き去りを意味するとします。移置及び置き去りと作為及び不作為とは対応関係にはないことがその理由です。これに対しては幼児の母親を殺害する行為やその場から立ち去る行為も作為による置き去りにあたるため単純遺棄罪ということになってしまうことが批判されています。
C説は217条の遺棄も218条の遺棄も作為及び不作為による移置並びに置き去りを意味するとします。不作為形態の遺棄を可罰的とする作為義務と218条の保護義務は区別すべきであること及び217条の遺棄と218条の遺棄を同一の意味を有するものとして統一的に把握できることがその理由です。これに対しては217条と218条に共通する作為義務と区別された218条に固有の保護義務の実体が不明確であることが批判されています。
保護責任者遺棄致死罪と不作為の殺人罪との区別
両罪の区別基準としては作為義務の程度、死亡へと直結しうる具体的危険の有無及び殺意の有無などが挙げられます。219条は217条及び218条の結果的加重犯であり重い結果について故意のある場合は含まれないので殺人罪との区別として殺意の有無を考慮することについて争いはありませんがそのほかに作為義務の程度や具体的危険の有無を考慮すべきかについては争いがあります。
作為義務の程度を考慮すべきとする見解は遺棄罪は生命及び身体に対する危険犯であると解する立場からは遺棄罪の作為義務及び保護責任と殺人罪の作為義務は明らかに異なるとします。これに対しては遺棄罪を生命に対する危険犯と解する立場からは同程度の作為義務が求められていると解すべきであること及び作為義務の軽重によって両罪を区別することは困難であることが批判されています。
死亡へと直結しうる具体的危険の有無を考慮すべきとする見解は遺棄罪の成立を基礎付ける生命に対する危険は比較的軽度の直接死亡に直結するものでなくともよいとします。
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