内心の告白の強制と沈黙の自由
思想及び良心の自由の保障により、公権力は個人に対してその思想や信条の告白を強制すること自体許されません。すなわち、個人にはその思想や信条についての沈黙の自由が保障されます。
沈黙の自由の範囲は思想及び良心の自由の保障の範囲と連動します。狭義説に立つ場合、その限定された範囲について沈黙の自由が保護され、その範囲外の沈黙の自由については消極的表現の自由として保護されます。この考え方によると沈黙の自由に関しては21条1項が一般的な保障規定であり19条が個別的な保障規定であると解することになります。したがって、単なる事実の知ないし不知についての内心の表明は世界観や人生観、主義、主張などの個人の人格的な内面的精神作用である思想や良心の告白を強制するものではないため、沈黙の自由の問題ではなく消極的表現の自由の問題と捉えることになります。
なお、自己に不利益な供述を強要されないと規定する38条1項は自己に不利益な事実の供述を強要されないという趣旨の規定であり思想や良心の告白を問題とするものではないので、19条との関係では一般法に対する特別法の関係にあるものとは解されていません。
三菱樹脂事件における思想調査
Xは大学卒業後Y会社に採用されましたが、Yは試用期間中にXの過去の学生運動歴について調査した結果、採用試験時のXの身上書の記載と面接での回答が事実と異なるとの理由で試用期間満了時にXの本採用を拒否しました。本件ではYがXの過去の学生運動歴などについて申告を求めて調査したことが19条に違反するかが争点となりました。
最高裁判所は、企業者が労働者に対し在学中における団体加入や学生運動参加の事実の有無について申告を求めることは従業員としての適格性の判断資料となるべき過去の行動に関する事実を知るためのものであって直接その思想や信条そのものの開示を求めるものではないとしました。しかし、その事実がその者の思想や信条と全く関係のないものであるとすることは相当でないとしました。元来、人の思想や信条とその者の外部的行動との間には密接な関係があり、ことに学生運動への参加のごとき行動は必ずしも常に特定の思想や信条に結びつくものとはいえないとしても多くの場合なんらかの思想や信条とのつながりをもっていることを否定することができないとしました。
その上で、企業者は経済活動の一環としてする契約締結の自由を有しており自己の営業のために労働者を雇傭するにあたりいかなる者を雇い入れるかいかなる条件でこれを雇うかについて原則として自由にこれを決定することができるのであって、企業者が特定の思想や信条を有する者をそのゆえをもって雇い入れることを拒んでもそれを当然に違法とすることはできないとしました。したがって、企業者が雇傭の自由を有し思想や信条を理由として雇入れを拒んでもこれを違法とすることができない以上、企業者が労働者の採否決定にあたり労働者の思想や信条を調査しそのためその者からこれに関連する事項についての申告を求めることも法律上禁止された違法行為とすべき理由はないとしました。
もっとも、企業者は労働者の雇入れそのものについては広い範囲の自由を有するけれどもいったん労働者を雇い入れその者に雇傭関係上の一定の地位を与えた後においてはその地位を一方的に奪うことにつき雇入れの場合のような広い範囲の自由を有するものではないとしました。
本判決については、Yの調査はXの思想や信条そのものについてではなく直接にはXの過去の行動についてされたものであり思想や信条自体の申告を求めたわけではない点、および企業者は入社試験の際に学生運動歴を秘匿していたことを理由に本採用を拒否することができるとまでは判示していない点に留意する必要があります。
東京電力塩山営業所事件
営業所の部外秘が政党の機関紙に掲載されたため営業所長がある政党の同調者と噂のあったXに事情聴取を行い、調査目的を明らかにせず当該政党の党員か否かを質問し、Xが党員であることを否定するとその旨を書面にして交付するよう再三要求した事案です。
最高裁判所は、企業内においても労働者の思想や信条等の精神的自由は十分尊重されるべきであるとしました。そして、企業が労働者に対して特定政党への所属の有無を確認するだけでなく当該政党に所属しない旨の書面を要求する行為は調査方法として不相当な面があるといわざるを得ないとしました。もっとも、書面交付の要求は強要にわたるものではなく、書面交付の要求を拒否することによって不利益な取扱いを受けるおそれのあることを示唆したり要求に応じることによって有利な取扱いを受け得る旨の発言をした事実はないなど当該書面交付行為の経緯に関する事実関係に照らせば、書面交付の要求は社会的に許容し得る限界を超えてXの精神的自由を侵害した違法行為であるということはできないとしました。
内心に反する行為の強制
個人の思想及び良心とその者の外部的行為との間には密接な関係があります。したがって、内心を理由とする不利益処分や内心の告白の強制が問題にならなくても、内心に反する外部的行為を強制されればそれは思想及び良心の自由に対する制約になると解されています。
内心に反する行為の強制が問題となった判例としては謝罪広告事件が挙げられます。謝罪広告事件は謝罪の意思という内心を告白するよう強制した事案ではなく、むしろ内心に反して謝罪広告という外部的行為を強制した事案と解するのが妥当とされています。狭義説に立つ場合、単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明する謝罪広告は思想及び良心に反する外部的行為ではなく単なる事実の知ないし不知についての内心の表明にすぎないのでこれを命じても19条の問題にはならないと解されます。
また、ポスト・ノーティス命令事件も内心に反する行為の強制が問題となったものです。これらの判決は不当労働行為を行った使用者に対して労働委員会が陳謝文の掲示や謝罪文の交付等を命ずるポスト・ノーティス命令について、使用者の行為が不当労働行為と認定されたことを関係者に周知徹底させ同種行為の再発を抑制しようとする趣旨のものと解し、陳謝や反省等の意思表明を強制するものではないとして19条違反の主張を退けています。
アプリの紹介
過去問を一文一問形式で解けるアプリを開発しました。
