せん動
せん動とは、犯罪や違法行為をそそのかす又はあおる表現をいいます。せん動犯処罰はこのような表現を独立犯として処罰する規定ですが、現に犯罪や違法行為がなされる前の段階で表現行為を処罰するものであり、政治的言論の表明それ自体の規制にも用いられるおそれがあります。
判例は、食糧の強制的供出に応じないようせん動する行為について、政府の政策を批判するだけでなく国民として負担する法律上の重要な義務の不履行をあおるものであり公共の福祉を害するから、新憲法の保障する言論の自由の限界を逸脱する旨判示しています。
渋谷暴動事件
破壊活動防止法のせん動罪の合憲性が争われた事案です。
最高裁は、破壊活動防止法のせん動は政治的目的をもって各条所定の犯罪を実行させる目的をもって文書若しくは図画又は言動により人に対しその犯罪行為を実行する決意を生ぜしめ又は既に生じている決意を助長させるような勢のある刺激を与える行為をすることであるから表現活動としての性質を有しているとしました。しかしながら、表現活動といえども絶対無制限に許容されるものではなく公共の福祉に反し表現の自由の限界を逸脱するときには制限を受けるのはやむを得ないものであるところ、せん動は公共の安全を脅かす現住建造物等放火罪や騒擾罪等の重大犯罪をひき起こす可能性のある社会的に危険な行為であるから、公共の福祉に反し表現の自由の保護を受けるに値しないものとして制限を受けるのはやむを得ないものというべきであり、このようなせん動を処罰することが憲法21条1項に違反するものでないとしました。
学説上では、せん動を処罰することは政治的言論の自由を脅かすことになるので、せん動罪としての処罰が許されるのは社会公共の利益が表現の自由の価値に優越することが明らかな場合、すなわち当該表現行為により重大な害悪を生じさせる蓋然性が高くその害悪の発生が差し迫っていると認められる場合に限られるとする見解もあります。これは明白かつ現在の危険の基準に基づくものです。
虚偽表現
虚偽表現とは、内容が虚偽でありかつ虚偽であることを知りながら故意になされた表現行為をいいます。虚偽表現は社会的混乱を招いたり選挙の公正を害するおそれがあるという問題点を有しています。
この点については、虚偽であっても種々の観点から有益な表現も様々に考えられることや、真実は誤りと衝突することによってより明確に認識されるのであるから虚偽表現ですら公共的な議論に価値のある貢献をすることを理由に、虚偽表現であっても憲法上保障され得るものと解されています。
表現内容中立規制の意義
表現内容中立規制とは、表現をそれが伝達するメッセージの内容や伝達効果に直接関係なく制限する規制、すなわち表現の時や場所、方法による規制のことをいいます。
表現内容中立規制は表現内容規制に比べて表現の自由を支える価値との衝突が直接的ではなく、規制の根拠について客観的に審査できる程度も高いとされています。そのため、厳格な合理性の基準すなわち中間審査基準やLRAの基準が妥当するとされています。なお、表現内容中立規制であっても原則として直接的制約に当たる以上、合憲性の推定が働くことはないとされています。
もっとも、判例は厳格な合理性の基準ではなく広く緩やかな基準を用いて時や場所、方法の規制の合憲性を判断しています。
屋外広告物条例による規制
美観風致の維持や公衆への危害防止を理由に橋柱や電柱、電信柱などに広告物を表示し又は掲出することを禁じた屋外広告物条例について、最高裁大法廷は国民の文化的生活の向上を目途とする憲法の下においては都市の美観風致を維持することは公共の福祉を保持する所以であるから、この程度の規制は公共の福祉のため表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限と解することができるとして、21条1項に反しないとしました。
また、街路樹への広告物の掲出を禁じた条例について、政党の演説会開催の告知宣伝を内容とする立て看板を街路樹にくくりつける行為について条例を適用してこれを処罰しても憲法21条1項に違反するものでないとした判例があります。この事件の補足意見は、広告物が貼付されている場所の性質、周囲の状況、広告物の数量や形状、貼付の仕方等を総合的に考慮し、地域の美観風致の侵害の程度と当該広告物に表れた表現のもつ価値とを比較衡量してその規制の合憲性を判断すべきであるとしています。
はり札の規制
みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をした者を処罰する規定について、最高裁大法廷は、この規定は主として他人の家屋その他の工作物に関する財産権や管理権を保護するためにみだりにこれらの物にはり札をする行為を規制の対象としているものと解すべきところ、たとい思想を外部に発表するための手段であってもその手段が他人の財産権や管理権を不当に害すごときものはもとより許されないとして、この程度の規制は公共の福祉のため表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限であり21条1項には反しないとしました。
吉祥寺駅ビラ配布事件
私鉄の駅構内において駅管理者の許諾を受けずにビラ配布や拡声器による演説を行い退去要求を無視して滞留し続けた事案です。
最高裁は、憲法21条1項は表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって、たとえ思想を外部に発表するための手段であってもその手段が他人の財産権や管理権を不当に害すごときものは許されないとして、鉄道営業法及び刑法の各規定を適用してこれを処罰しても憲法21条1項に違反するものでないとしました。
伊藤補足意見は、ある主張や意見を社会に伝達する自由を保障する場合にその表現の場を確保することが重要な意味をもっているとし、特に表現の自由の行使が行動を伴うときには表現のための物理的な場所が必要となってくるとしました。一般公衆が自由に出入りできる場所はそれぞれその本来の利用目的を備えているがそれは同時に表現のための場として役立つことが少なくないとして、道路や公園、広場などをパブリック・フォーラムと呼ぶことができるとしました。このパブリック・フォーラムが表現の場所として用いられるときには、所有権や本来の利用目的のための管理権に基づく制約を受けざるを得ないとしても、その機能にかんがみ表現の自由の保障を可能な限り配慮する必要があるとしました。
自衛隊宿舎ビラ配布事件
集合住宅である自衛隊宿舎の共用部分及びその敷地にビラを配布する目的で立ち入り反戦ビラを投函したところ住居侵入罪で起訴された事案です。
最高裁は、表現の自由は民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならず、政治的意見を記載したビラの配布は表現の自由の行使ということができるとしつつも、21条1項も表現の自由を絶対無制限に保障したものではなくたとえ思想を外部に発表するための手段であってもその手段が他人の権利を不当に害するようなものは許されないとしました。
本件では、表現そのものを処罰することの憲法適合性が問われているのではなく表現の手段すなわちビラの配布のために人の看守する邸宅に管理権者の承諾なく立ち入ったことを処罰することの憲法適合性が問われているとしました。立ち入った場所は職員及びその家族が私的生活を営む場所である集合住宅の共用部分及びその敷地であり一般に人が自由に出入りすることのできる場所ではないとして、たとえ表現の自由の行使のためとはいってもこのような場所に管理権者の意思に反して立ち入ることは管理権者の管理権を侵害するのみならずそこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するものといわざるを得ないとしました。したがって、この行為を住居侵入罪に問うことは憲法21条1項に違反するものではないとしました。
なお、この判決はビラ配布という表現行為に対する間接的かつ付随的制約が問題となっている点に注意を要します。また、政党のビラを配布する目的で民間の分譲マンションの各住戸の廊下等共用部分に立ち入った行為を住居侵入罪に問うことについても、ビラの内容を区別することなく同じ結論が導かれています。
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