76条1項の趣旨
76条1項はすべて司法権は最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属すると規定しています。41条及び65条とあいまって国家の統治機構について三権分立の制度を採ることを定めるとともに司法権が裁判所に専属することを定めたものです。
司法権の意義
76条1項にいう司法権とは一般的に具体的な争訟について法を適用し宣言することによってこれを裁定する国家の作用と定義されます。
明治憲法における司法権の範囲は民事事件と刑事事件の裁判に限定されており行政事件の裁判については通常裁判所とは別の行政裁判所の管轄とされていました。このような制度はフランスやドイツなどのヨーロッパ大陸諸国で採られてきたものとされます。
一方日本国憲法には行政裁判所に関する規定がなく行政事件の裁判も含めてすべての裁判作用を司法権とし通常裁判所に属するものとしたと解されています。日本国憲法は行政裁判所に関する規定を置いておらず特別裁判所の設置や行政機関による終審裁判を禁止していること、憲法81条で処分の違憲審査権が認められている以上行政事件の裁判権も当然に与えられているものと解されること、日本国憲法はアメリカ憲法思想の影響の下に作られたものであることがその理由です。裁判所法3条1項が裁判所は一切の法律上の争訟を裁判すると規定しているのはその趣旨を確認するものです。
法律上の争訟の意義
司法権の概念の中核をなす具体的な争訟すなわち事件性の要件と裁判所法3条1項の法律上の争訟は同じ意味であり裁判所法の規定が司法権の概念を具体化したものと解されています。
判例及び通説によれば法律上の争訟とは第一に当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であってかつ第二にそれが法令の適用により終局的に解決することができるものをいいます。これらの二つの要件を備えなければ法律上の争訟に当たらず原則として裁判所の審査権が及びません。
抽象的に法令の解釈や効力について争う場合
抽象的に法令の解釈や効力について争う場合は当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争とはいえないので法律上の争訟には当たりません。
警察予備隊違憲訴訟において日本社会党の代表者が警察予備隊の違憲無効を主張し最高裁判所に直接出訴した事件で判例はわが裁判所が現行の制度上与えられているのは司法権を行う権限であり司法権が発動するためには具体的な争訟事件が提起されることを必要とするとして請求を却下しました。
また最高裁判所規則のうち裁判所の支部を廃止する部分の違憲を主張した事件においても判例は訴えは抽象的に最高裁判所規則が憲法に適合するかしないかの判断を求めるものに帰し法律上の争訟に当たらないとしました。
単なる事実の存否や学問上の論争について争う場合
単なる事実の存否や学問上かつ技術上の論争について争う場合は当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争とはいえずまた法令の適用により終局的に解決することができるものということもできないので法律上の争訟には当たりません。
技術士試験事件において判例は国家試験における合格や不合格の判定も学問又は技術上の知識、能力、意見等の優劣や当否の判断を内容とする行為であるからその試験実施機関の最終判断に委せられるべきものであってその判断の当否を審査し具体的に法令を適用してその争を解決調整できるものとはいえないとしました。
信仰の対象の価値又は宗教上の教義について争う場合
信仰の対象の価値又は宗教上の教義について争う場合は場合分けが必要です。
まず住職たる地位の確認の訴えのように単なる宗教上の地位自体について争う場合や純然たる信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関する判断それ自体について争う場合は当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争とはいえないので法律上の争訟には当たりません。
これに対し不当利得返還請求訴訟のように紛争それ自体は第一の要件を満たすものでありその請求の当否を判定する前提問題として宗教問題が争われる場合は裁判所が宗教上の教義の解釈に関わらない限り法律上の争訟に当たると解されます。この場合裁判所としては宗教上の教義の解釈など当該宗教団体の自治によって決定すべき事項については実体的な審理判断を行わずたとえば住職の選任や罷免の手続上の問題についてのみ審理判断を行います。
一方たとえ訴訟が第一の要件を満たすものであってもその請求の当否を決するための前提問題が信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関する判断であり、それが訴訟の帰すうを左右する必要不可欠なものと認められ訴訟の争点及び当事者の主張立証も当該判断に関するものがその核心となっている場合にはその実質において法令の適用により終局的に解決することができるものということはできず法律上の争訟に当たりません。
板まんだら事件において判例は具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式をとっておりその結果信仰の対象の価値又は宗教上の教義に関する判断は請求の当否を決するについての前提問題であるにとどまるものとされてはいるが本件訴訟の帰すうを左右する必要不可欠のものと認められまた本件訴訟の争点及び当事者の主張立証も当該判断に関するものがその核心となっていると認められることからすれば結局本件訴訟はその実質において法令の適用による終局的な解決の不可能なものであって法律上の争訟にあたらないとしました。
蓮華寺事件においても判例は同様の判断枠組みを採用し宗教団体内部の懲戒処分の効力が当事者間の紛争の本質的争点をなすとともにそれが宗教上の教義や信仰の内容に深くかかわっているため教義や信仰の内容に立ち入ることなくしてその効力の有無を判断することができず当該判断が訴訟の帰趨を左右する必要不可欠のものである場合には法律上の争訟に当たらないとしました。
内閣の臨時会召集義務と法律上の争訟
内閣の臨時会召集義務と法律上の争訟について判例は本件確認の訴えは個々の国会議員が臨時会召集要求に係る権利を有するという憲法53条後段の解釈を前提に公法上の法律関係に関する確認の訴えとして当事者間の具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争であって法令の適用によって終局的に解決することができるものといえ法律上の争訟に当たるとしました。国側は統治行為論を主張していましたが判決は統治行為論を採らずに判断を示しておりこの点に重要な意義があると評されています。もっとも判決は将来の臨時会召集要求の有無やその場合の召集決定の時期は現時点では明らかでないとして確認の利益を欠き不適法であるとしました。
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