抽象的事実の錯誤の意義
抽象的事実の錯誤とは事実とその認識との間の齟齬が異なる構成要件にまたがって生じている場合をいいます。
38条2項は抽象的事実の錯誤のうち軽い犯罪を行うつもりで重い犯罪を実現した場合について重い犯罪により処断することができない旨定めていますが軽い犯罪に対応する刑を科すことができるのかそれとも無罪なのかは明らかではありません。また重い犯罪を犯すつもりで軽い犯罪を実現したという場合や両者の法定刑が同じ場合については定めがありません。そこでこれらの点をめぐって法定的符合説と抽象的符合説が対立しています。
法定的符合説
法定的符合説は認識した事実と発生した事実が同一構成要件内にある限りで故意を認め異なる構成要件間の錯誤は原則として故意を阻却するとする見解です。もっとも異なる構成要件間の錯誤であっても例外として構成要件が重なり合う限度で故意を認めます。
法定的符合説はさらに形式説と実質説に分かれます。形式説は法条競合の関係にある場合に限り構成要件の重なり合いを認め軽い罪が成立するとする見解です。実質説は保護法益の共通性及び構成要件的行為の共通性が認められる場合に構成要件の重なり合いを認め軽い罪が成立するとする見解です。
殺人と承諾殺人及び嘱託殺人、強盗殺人と強盗、強盗と窃盗及び恐喝、殺人と傷害及び傷害致死、恐喝と脅迫については形式説からも実質説からも符合が認められます。窃盗と遺失物等横領、覚醒剤所持と麻薬所持、覚醒剤輸入と麻薬輸入、公文書偽造と虚偽公文書作成については形式説からは符合が認められませんが実質説からは符合が認められます。単純遺棄と死体遺棄及び殺人と器物損壊についてはいずれの見解からも符合は認められません。
抽象的符合説
抽象的符合説は異なる構成要件間の錯誤でもおよそ犯罪となる事実を認識して行為し犯罪となる結果を生じさせた以上故意犯が成立するとする見解です。抽象的符合説によれば軽い罪の故意で重い罪を実現した場合には軽い罪の既遂と重い罪の過失の観念的競合が成立し重い罪の故意で軽い罪を実現した場合には重い罪の未遂と軽い罪の既遂を合一して重い刑で処断することになります。
判例の動向
判例は法定的符合説に近い立場をとっています。
覚醒剤の無許可輸入罪の意思で麻薬の禁制品輸入罪を実現した事案において判例は構成要件が重なり合う限度で軽い罪である覚醒剤の無許可輸入罪が成立するとし罪名も刑も軽い方に従うという態度を明確にしました。法定刑が異なる場合には構成要件の重なり合う限度で軽い罪が成立するとされています。
麻薬所持罪の意思で覚醒剤所持罪を実現した事案において判例は構成要件の重なり合う限度で軽い罪である麻薬所持罪が成立するとしました。もっとも没収については客観的に生じた覚醒剤取締法の規定によるとしています。
法定刑が同じ場合については覚醒剤輸入罪の意思で麻薬輸入罪を実現した事案において判例は両罪の構成要件は実質的に全く重なり合っているとして客観的に実現された麻薬輸入罪の成立を認めました。この点について多数説は判例と同様の結論を採りますが学説には行為者の認識した犯罪が成立するとするものもあります。その理由として客観的に生じた罪の成立を認めることは行為者が認識していなかった罪を認める点で行為者の認識内容から離れて故意を抽象化しすぎること及び軽い罪の認識で重い罪を犯した場合に行為者の認識していた罪が成立すると解されていることと矛盾することが挙げられています。
アプリの紹介
過去問を一文一問形式で解けるアプリを開発しました。
