統治行為の意義
統治行為とは一般に直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為で法律上の争訟として裁判所による法律的な判断が理論的には可能であるのに事柄の性質上司法審査の対象から除外される行為をいうとされています。
統治行為論の肯否
統治行為論の肯否については否定説と肯定説の間で争いがあります。
否定説は統治行為の存在を認めるべきでないとします。統治行為論は高度の政治性を根拠とするがその捉え方いかんでは重大な憲法問題はすべて統治行為となりかねないこと及び法治原則と司法審査の貫徹こそが憲法の要請であることがその理由です。
肯定説には自制説、内在的制約説、折衷説があります。
自制説は統治行為については裁判所は政策的にその権限の行使を自制すべきであるとします。裁判所が高度の政治性を有する国家行為について違憲無効と判断することには社会的混乱、対外的国家意思の分裂、司法の政治化等の危険性が存するためそうした重大な害悪を避けるため違法という障害を甘受しなければならないとするものです。
内在的制約説は統治行為論は三権分立や民主的責任政治の原則などに由来する司法権の内在的制約であるとします。憲法上身分保障があり主権者である国民による直接的統制を受けない裁判官は国民に政治的責任を負いえない以上政治部門の決定に基づく高度の政治性を有する行為に対して司法審査を行うべきではなくそれらの行為に対する統制は裁判所による司法的統制によってではなく国民が選挙や一般世論の判断等の方法により政治的かつ民主的に行うのが合理的かつ適当であるとします。また高度の政治性を有する行為について司法判断を行えば国家の統治作用を裁判官が最終的に判断することになり権力分立の趣旨に反するとします。
折衷説は統治行為論は自制と内在的制約との微妙な結合の上に成立しているとします。自制説に対してはなぜ憲法上の権能の不行使が正当化されるのかという疑問があり内在的制約説に対しては権力分立概念の多義性や司法権観念の流動性のゆえに必ずしも決め手にならないのではないかという疑問があるとします。
統治行為に該当するとされる類型
肯定説に立った場合でも統治行為は限定的に捉えられるべきです。統治行為に当たるものとしては通常四つの類型が挙げられています。第一に内閣及び国会の組織に関する基本的事項、第二にそれらの運営に関する基本的事項、第三にそれらの相互干渉に関する事項、第四に国家全体の運命に関する重要事項です。
苫米地事件
衆議院の内閣不信任決議を経ずに内閣により一方的に行われた衆議院の解散につき衆議院議員であった者が解散の合憲性を争った事件において判例は次のように判示しました。
直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為のごときはたとえそれが法律上の争訟となりこれに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であってもかかる国家行為は裁判所の審査権の外にありその判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政府や国会等の政治部門の判断に委されるものであり最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解すべきであるとしました。この司法権に対する制約は結局三権分立の原理に由来し当該国家行為の高度の政治性、裁判所の司法機関としての性格、裁判に必然的に随伴する手続上の制約等にかんがみ特定の明文による規定はないけれども司法権の憲法上の本質に内在する制約であるとされました。
この判決は統治行為論をほぼ純粋に認めた唯一の例とされていますが包括的な統治行為の観念を持ち出さなくても裁量論ないし政治部門の自律という観念で処理できたはずだという批判が向けられています。
砂川事件における統治行為論的アプローチ
デモ隊員がアメリカ空軍基地内へ侵入した行為が日米安保条約に基づく刑事特別法違反に問われ日米安保条約の合憲性が争われた事件において判例は安全保障条約が違憲なりや否やの法的判断はその条約を締結した内閣及びこれを承認した国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす点が少なくないとしました。それゆえその違憲なりや否やの法的判断は純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には原則としてなじまない性質のものであり従って一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは裁判所の司法審査権の範囲外のものであるとしました。
この判決はおよそ条約なるがゆえに違憲審査の対象とはならないとの論法はとっておらずむしろ審査可能性を前提としたうえで憲法判断を差し控えるという方法をとっています。ただしこの判決の論理には統治行為論とも裁量論ともとれる曖昧さが含まれているとされています。
なお沖縄代理署名訴訟において判例は日米安全保障条約及び日米地位協定が違憲無効であることが一見極めて明白でない以上裁判所としてはこれが合憲であることを前提として駐留軍用地特措法の憲法適合性についての審査をすべきであるとしました。
自由裁量行為と司法審査
行政機関の裁量ないし自律に委ねられている事項についても一般に司法審査が及ぶかどうかが問題となります。法を適用するに当たっての行政庁の判断が法の認める範囲内にある限りその当不当は問題となりえても適法か否かは問題とならないとされています。そのため法律上行政機関の裁量に委ねられている事項については裁量の逸脱又は濫用がある場合に限り司法審査の対象となります。
憲法上行政機関の裁量ないし自律に委ねられている事項としてはたとえば内閣総理大臣による国務大臣の任免、国務大臣の訴追に対する内閣総理大臣の同意、内閣による最高裁判所裁判官の任命、恩赦の決定があります。これらについては司法審査は及びません。
行政処分取消訴訟の提起に伴う執行停止の申立てがあった場合において内閣総理大臣から公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあることを理由として異議の陳述があったときは裁判所は執行停止決定をすることができないとされています。このような内閣総理大臣の異議の制度は司法権に対する行政権の干渉を許すものとして違憲ではないかが問題となります。合憲説は執行停止は本来の司法作用ではなく行政作用に属するとします。違憲説は権利救済の実効性が害されるし司法権に対する行政権の不合理な介入を認めることになるとします。
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