処分行為の意義
処分行為とは相手方が錯誤に基づいて財物の占有を移転させること又は財産上の利益を移転させることをいいます。処分行為があるというためには処分行為の客観面すなわち占有の終局的な移転と処分行為の主観面すなわち占有の終局的移転についての認識の2つが必要となります。
処分行為の有無がいわゆる交付罪すなわち詐欺罪及び恐喝罪と盗取罪すなわち窃盗罪、不動産侵奪罪及び強盗罪を区別する要素になります。とりわけ財産上の利益については利益窃盗が不可罰とされる一方2項詐欺罪は可罰的であるので特に処分行為の有無が重要な問題となります。処分行為があれば一応被害者の意思に基づく交付によって財物又は財産上の利益が移転したといえる一方処分行為がなければ占有者の意思に反して財物又は財産上の利益を盗取したものといえます。
処分行為者
処分行為は処分権限を有する者のみが行いえます。例えば不動産に関する処分権限のない登記官吏を騙して所有権移転登記を行っても詐欺罪は成立しません。また家屋を処分する権限を有しない裁判所書記官及び執行吏を騙して占有を移転させても詐欺罪は成立しません。
三角詐欺
被詐欺者と被害者が異なる場合を三角詐欺といいます。この場合でも錯誤に基づく処分行為が必要であるから被詐欺者と処分行為者は一致しなければなりません。さらにその場合も被詐欺者には被害者の財産を処分する権限のあることが必要です。なお財物又は財産上の利益の移転先は欺罔行為者以外の第三者でもよいとされています。
占有の移転と占有の弛緩
処分行為の客観面として占有の終局的な移転が必要です。例えば店舗内の試着室でコートを試着しただけではいまだ被害者の場所的な支配領域内を脱したとはいえないのでコートの占有は終局的に移転していないと解されます。この場合被害者の処分行為がないと考えられるのでそもそも処分行為に向けられた欺罔行為もなく詐欺罪の未遂にすらならず窃盗罪が成立します。
処分意思の認識の対象
処分意思が認められるためには移転の対象となる財物又は財産上の利益についても認識している必要があるかが問題となります。
無意識的処分行為説は単に財物又は財産上の利益の移転という外形的な事実の認識があれば足りるとします。学説上の多数説はこの立場です。そもそも詐欺罪は人を欺いて事実の認識を誤らせることを基本とする犯罪であり財物又は財産上の利益の存在を被害者に認識させずに移転させるという詐欺罪の典型例を詐欺罪から除外するのは不合理であるとすることがその理由です。
意識的処分行為説は移転の対象となる財物又は財産上の利益の具体的な内容についても認識している必要があるとします。
詐欺利得罪と利益窃盗の区別
2項詐欺罪と不可罰の利益窃盗との区別においても処分行為の有無が重要な問題となります。被害者の処分行為がない場合には利益窃盗として不可罰となります。無意識的処分行為説の立場に立つと被害者が被告人の外出を許可しており店外に出れば事実上代金の支払を免れるという利益が得られる状態となるから財産上の利益の移転という外形的な事実の認識が認められ処分意思が認められるとして2項詐欺罪が成立するとされています。
一方で被害者に気づかれないように逃走した場合には被害者の処分行為がないことが明らかであり利益窃盗として不可罰となります。
財物又は利益の移転
詐欺罪の財物には窃盗罪と異なり不動産も含まれます。処分行為によって財物又は財産上の利益が移転することにより詐欺罪は既遂となります。財物については詐欺罪の保護法益がその占有それ自体である以上占有の移転が必要であり私法上の所有権が移転しただけでは足りないと解されています。動産については現実の引渡時、不動産については現実の占有移転又は登記移転時が財物の移転時期となります。逆に財物の占有が移転すればその所有権が被害者に留保されていても詐欺罪が成立します。
詐欺利得罪においては相手方の錯誤により処分行為がなされその結果財産上の利益を得た時に既遂に達します。もっとも財物の占有移転に比べ利益の移転の有無は曖昧であるから被欺罔者の処分行為の行われた時期により判別されます。既に履行遅滞の状態にある債務者が欺罔行為によって一時債権者の督促を免れたからといってそれだけで246条2項にいう財産上の利益を得たということはできないとされています。
罪数及び他罪との関係
通常1個の欺罔行為により1個の財物又は利益移転を受けた場合には単純一罪となります。これに対し1個の欺罔行為により同一の被害者から複数の財物又は利益移転を受けたときには包括一罪となります。1個の欺罔行為により複数の被害者から財物又は利益移転を受けた場合には被害客体が異なるために複数の詐欺罪が成立し観念的競合となるのが原則です。もっとも犯人の意思決定の一個性及び被害の個性の乏しさからこれらの被害を一体のものと評価して包括一罪とした判例もあります。1個の行為について1項詐欺罪と2項詐欺罪が競合的に成立する場合には包括して246条にあたる1個の詐欺罪が成立します。
窃取又は詐取した財物を利用してさらに詐欺を実行したときは新たな法益侵害を伴うといえる以上別個の詐欺罪が成立し併合罪となります。詐欺目的で文書偽造を行いこれを用いて詐欺を行った場合は文書偽造及び同行使と詐欺は牽連犯として科刑上一罪とするのが判例及び通説です。
不法原因給付と詐欺
不法原因給付をした者は民法上その給付した物の返還を請求することができません。そのため詐取した財物や利益が不法原因給付とされる場合には民法上保護されない財産であるとして詐欺罪の成立を否定する見解もあります。しかし判例は不法原因給付を詐取した場合であっても一貫して詐欺罪の成立を肯定しています。学説上の多数説も判例の結論を支持しています。詐欺罪が処罰されるのは単に被害者の財産権の保護のみにあるのではなく違法な手段による行為は社会の秩序をみだす危険があるからであり社会の秩序をみだすという点においてはいわゆる闇取引の際に行われた欺罔手段でも通常の取引の場合と何ら異なるところはないことがその理由です。
国家的法益と詐欺
国家に対して虚偽の申立て等を行い国家から何らかの給付を不正に受けたり国家の徴収権を不正に免れた場合につき詐欺罪が成立するかが問題となります。
肯定説は判例の立場であり欺罔行為によって国家的法益を侵害する場合でもそれが同時に詐欺罪の保護法益である財産的利益を侵害するものである以上詐欺罪が成立するとします。否定説は詐欺罪は個人的法益としての財産的利益に対する罪であるから本来の国家的法益に向けられた欺罔行為は詐欺罪の定型性を欠くとします。
関税の逋脱については判例は詐欺罪の成立を否定しています。旅券や運転免許証の不正取得についても単に一定の資格を証明する文書を発行させるにすぎず財産的利益の侵害とはいえないとして詐欺罪の成立は否定されています。一方で郵便局の簡易生命保険証書や国民健康保険証については経済的及び財産的な価値や効用が認められるとして詐欺罪の成立が肯定されています。
釣銭詐欺
釣銭が多いことに気付いたがそのまま黙って受け取る場合には信義則上釣銭が余分であるという事実の告知義務があり不作為による欺罔行為にあたるため1項詐欺罪が成立します。
釣銭を受け取ってしばらくして多いことに気付いたがそのまま持ち去る場合には相手方の錯誤を利用して財物を取得したのではなく偶然に自己の占有に属した物を領得したにすぎないため遺失物等横領罪が成立します。
釣銭を受け取ってしばらくして多いことに気付いていながら翌日被害者から多く渡し過ぎたので返せと言われ多くはなかったと虚偽の申立てをして返還を拒んだ場合については騙して返還を拒んだのだから2項詐欺罪が成立するとする見解と既に遺失物等横領罪として財産権の侵害は評価されているから改めて詐欺罪を成立させるのは二重評価となるとして遺失物等横領罪が成立するにとどまるとする見解が対立しています。
財産上の損害の要否
詐欺罪は財産犯である以上その成立には被害者に財産的な損害が生じることが必要です。およそ財産的損害が生じる危険のないような欺罔行為がなされた場合にまで未遂罪が成立すると解するのは妥当ではありません。そこで欺罔行為は財産的損害を生じる危険性があるものでなければならずおよそ財産的損害の発生の危険がない場合には欺罔行為も存在しないすなわち未遂にすらならないと解されています。
形式的個別財産説
詐欺罪は全体財産に対する罪ではなく個別財産に対する罪であると一般に解されています。すなわち個別の財産の喪失それ自体を法益侵害と捉えるものであり被害者の財産が全体として減少していなくても詐欺罪が成立します。
もっとも相手方が本当のことを知っていればその財産を交付しなかったといえる場合には常にその財産の交付それ自体が財産的損害にあたるとする見解すなわち形式的個別財産説に立つと詐欺罪の成立範囲が広くなりすぎるという問題が指摘されています。
実質的個別財産説
そこで経済的に評価して損害が発生したかどうかを実質的に判断すべきであるとする見解すなわち実質的個別財産説が現在の通説とされています。判例はいずれの見解を採用したかを明示していませんが実質的個別財産説に親和的であると解されています。
実質的個別財産説に立つ場合に詐欺罪の成立が限定されるものには錯誤の性質による限定、被害客体による限定及び軽微性による限定の3つの類型があります。
錯誤の性質による限定とは被害者がその取引上達成できなかった目的が経済的に評価して損害といえるかどうかという観点から重視される類型です。被害者が支払った金銭と相当な対価関係にある反対給付を受けており欺罔行為によって被害者が経済的に重要な事項について錯誤に陥ったものと評価できない場合には欺罔行為にはあたりません。一方で商品の効能等につき真実に反する誇大な事実を告知して相手方を誤信させ金員の交付を受けた場合にはたとえ価格相当の商品を提供したとしても詐欺罪が成立するとされています。
被害客体による限定とは被害客体そのものの性質に着目して詐欺罪の成立が限定される類型です。旅券や印鑑証明書には証明の利益しかなく経済的又は財産的な価値が認められないので詐欺罪の成立が否定されます。これに対し簡易生命保険証書、国民健康保険証及び預金通帳は証明の利益のみならず経済的又は財産的な価値や効用が認められるので詐欺罪の成立が肯定されます。
軽微性による限定とは財産的損害がないわけではないが軽微であるという場合に詐欺罪の成立が否定される類型です。本来受領する権利を有する請負代金を欺罔手段を用いて不当に早く受領した場合については欺罔手段を用いなかった場合に得られたであろう請負代金の支払とは社会通念上別個の支払にあたるといい得る程度の期間支払時期を早めたものであることを要するとされています。
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