不同意わいせつ罪の保護法益
不同意わいせつ罪の保護法益は個人の性的自由です。性的自由とは性的行為を行うかどうか及び誰を相手方として行うかを自由に意思決定することをいいます。
176条の構造
不同意わいせつ罪の本質的な要素は自由な意思決定が困難な状態で行われた性的行為です。本罪はこの本質的な要素を同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態という要件をもって文言化しています。
次にその困難な状態にあったかどうかの判断をより容易かつ安定的に行いやすくするためにその困難な状態の原因となり得る行為や事由について具体的に例示列挙しています。
不同意わいせつ罪は強制類型と誤信類型に分けられます。強制類型とはわいせつな行為を強制する類型であり176条1項がその要件を規定しています。誤信類型とは行為のわいせつ性や人の同一性を誤信させる類型であり176条2項がその要件を規定しています。被害者が16歳未満の者である場合については176条3項が規定しており性交同意年齢について規定するとともに本罪の主体を制限する年齢差要件を設けています。
同意しない意思を形成し表明し若しくは全うすることが困難な状態
この要件は自由な意思決定が困難な状態で行われた性的行為という性犯罪の本質的な要素を文言化したものです。行為者が原因を作り出す場合のみならず既に存在する原因を利用する場合も本罪の処罰対象に含まれます。
同意しない意思を形成することが困難な状態とは性的行為をするかどうかを考えたり決めたりするきっかけや能力が不足していて性的行為をしないまたはしたくないという意思を持つこと自体が難しい状態をいいます。気絶させる場合、眠っていて意識がない場合、精神障害のため性的行為に同意するかどうかを判断する能力が不足している場合などがこれにあたります。
同意しない意思を表明することが困難な状態とは性的行為をしないまたはしたくないという意思を持つことはできたもののそれを外部に表すことが難しい状態をいいます。口を塞いで身動きできなくする場合、混乱や精神障害などにより意思表明ができない場合、恐怖や驚愕により言葉を発することができないいわゆるフリーズ状態の場合などがこれにあたります。
同意しない意思を全うすることが困難な状態とは性的行為をしないまたはしたくないという意思を外部に表すことはできたもののその意思のとおりになることが難しい状態をいいます。同意しない意思を表明したものの相手に押さえつけられたり恐怖などにより抵抗できない場合などがこれにあたります。
強制類型における原因行為及び原因事由
強制類型の要件を規定する176条1項は1号から8号まで被害者が同意しない意思を形成し表明し若しくは全うすることが困難な状態の原因となり得る行為や事由を列挙しています。もっとも176条1項柱書はその他これらに類する行為又は事由と定めているため各号に掲げられた原因行為や原因事由は例示列挙にすぎないと解されています。複数の原因行為や原因事由が相まって困難な状態の原因となることもあり原因行為や原因事由は必ずしも1つに特定される必要はありません。
1号は暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたことです。暴行とは人の身体に向けられた不法な有形力の行使をいい狭義の暴行であって暴行罪における暴行と同義です。脅迫とは他人を畏怖させるような害悪の告知をいい狭義の脅迫であって脅迫罪における脅迫と同義です。
2号は心身の障害を生じさせること又はそれがあることです。心身の障害とは身体障害、知的障害、発達障害及び精神障害であり一時的なものを含みます。
3号はアルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があることです。摂取とは飲酒や薬物の投与及び服用のことをいいます。それらの影響があるとは被害者が第三者によって飲酒させられたり薬物を摂取させられ又は自ら飲酒したり薬物を摂取してそれらの影響を受けている場合をいいます。
4号は睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあることです。睡眠とは眠っていて意識が失われている状態をいいます。その他の意識が明瞭でない状態とは睡眠以外の原因で意識がはっきりしない状態をいい極度の疲労により意識がもうろうとしている場合などがこれにあたります。
5号は同意しない意思を形成し表明し又は全うするいとまがないことです。これは性的行為がされようとしていることに気付いてから性的行為がされるまでの間にその性的行為について自由な意思決定をするための時間のゆとりがないことをいいます。すれ違いざまに突然身体を触る場合などがこれにあたります。なお5号は原因事由のみを規定しています。いとまを与えないでなされる性的行為はそれ自体が虚をつくものでありそれと切り離した原因行為を観念しにくいからです。
6号は予想と異なる事態に直面させて恐怖させ若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し若しくは驚愕していることです。これは予想外の又は予想を超える事態に直面したことから自分の身に危害が加わると考え極度に不安になったり強く動揺して平静を失った状態をいいます。性的行為を求められるとは予想していない被害者に対して二人きりの密室で執拗に性的行為を迫ることで被害者を激しく動揺させる場合などがこれにあたります。
7号は虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあることです。虐待とは暴力による身体的虐待、親の子に対する性的虐待、ネグレクト、他の兄弟姉妹との間における著しい差別などの心理的虐待及びいじめなどをいいます。虐待に起因する心理的反応とは虐待を受けたことによる順応や無力感、虐待を目の当たりにしたことによる恐怖心を抱いている心理状態などをいいます。順応とはそれを通常の出来事として受け入れることをいい無力感とは抵抗しても無駄だと考えることをいいます。
8号は経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していることです。経済的関係とは金銭その他の財産に関する関係を広く含み雇用主と従業員、債権者と債務者、重要な取引先と取引関係にある者の関係などがこれにあたります。社会的関係とは家庭、会社及び学校といった社会生活における関係を広く含み兄弟姉妹、上司と部下、先輩と後輩、教師と学生、コーチと教え子及び介護施設職員と入所者の関係などがこれにあたります。不利益を憂慮とは自らやその親族等に不利益が及ぶことを不安に思うことをいい客観的に憂慮すべき不利益があったかどうかではなく被害者本人が主観的に不利益を想起して憂慮することです。相手の要求に応じなければ解雇や降格させられてしまうのではないかと不安に思う場合などがこれにあたります。
誤信類型
176条2項が規定している誤信類型は強制類型の場合と異なり例示列挙ではなく限定列挙です。すなわち行為のわいせつ性や人の同一性を誤信させる類型に限り処罰の対象となります。性的行為を行う際の錯誤には多様なものがあるので強制類型と同視しうる程度に錯誤によって性的行為に対する自由な意思決定が妨げられたといえる場合に限り処罰の対象とすべきであるとされています。
行為がわいせつなものではないとの誤信をさせる場合としては真実はわいせつな行為であるのに医療行為であると誤信させる場合などがこれにあたります。
行為をする者について人違いをさせる場合としては真実は配偶者とは別の人物であるのに暗闇の中で行為者を配偶者と勘違いさせる場合などがこれにあたります。一方で人の同一性を正しく認識しているがその属性に関する誤信をしているにすぎない場合には人違いにはあたりません。真実は無職であるのに企業の社長であると誤信した場合や真実は既婚者であるのに未婚者であると誤信した場合などは人違いにはあたりません。
金銭を提供するからとか契約を結んであげるからとか試験に合格させてあげるからなどと偽るいわゆる利益供与型であっても限定列挙である2類型に該当しない以上本罪は成立しません。
性交同意年齢
被害者が16歳未満の者である場合は原則としてわいせつな行為をしたことのみをもって本罪が成立します。176条1項各号の原因行為や原因事由の有無や被害者が同意しない意思を形成し表明し若しくは全うすることが困難な状態にあったかどうかを問いません。したがって行為者がわいせつな行為をすることについて16歳未満の被害者があらかじめ同意していた場合であっても犯罪の成否に影響はなく原則として行為者には不同意わいせつ罪が成立します。刑法は16歳未満の者についてその性的行為に関する同意能力を否定しています。16歳未満の者には性的行為に関する自由な意思決定の前提となる能力が十分に備わっているとはいえないからです。
年齢差要件
176条3項かっこ書は16歳未満の被害者が13歳以上である場合には本罪の主体を被害者より5年以上年長の者に制限しいわゆる年齢差要件を設けています。
13歳未満の被害者については行為の性的意味を認識する能力が十分に備わっていない以上およそ性的行為に関する同意能力が否定され絶対的な保護の対象となります。
一方13歳以上16歳未満の被害者については行為の性的意味を認識する能力がある程度備わっているものの一定の年齢差以上の者との関係においてはなおその行為が自分に与える影響について自律的に考えて理解したりその結果に基づいて相手に対処する能力が十分に備わっているとはいえません。相手との関係が対等でなければ性的行為に関する自由な意思決定の前提となる能力に欠けるのです。本罪の主体が13歳以上16歳未満の被害者よりも5年以上年長であれば対等な関係はあり得ないと考えられることから176条3項は5年以上の年長者によるわいせつな行為を一律に処罰対象としています。
本罪の主体が13歳以上16歳未満の被害者よりも5年未満の年長にとどまる場合には単に176条3項が適用されないというだけであり別途176条1項所定の要件を満たす場合には不同意わいせつ罪が成立します。
わいせつな行為の意義
わいせつな行為とは本人の性的羞恥心の対象となるような行為をいいます。わいせつな行為にあたるかどうかは被害者本人の具体的な感受性を基準とするのではなく一般的基準により判断されます。
わいせつの要件は公然わいせつ罪や頒布等罪においても用いられていますがこれらの罪は社会の健全な性的風俗を保護法益とする社会的法益に対する罪です。これに対し不同意わいせつ罪は個人の性的自由という個人的法益を直接侵害する罪であるので不同意わいせつ罪のわいせつ概念は前者のわいせつ概念よりも広く捉えられます。相手の意思に反してキスをする行為は公然わいせつ罪のわいせつな行為には該当しない一方で不同意わいせつ罪のわいせつな行為には該当します。
婚姻関係の有無にかかわらず
令和5年改正により婚姻関係の有無にかかわらずとの文言が明記され配偶者間においても本罪が成立することが規定上明確化されました。改正前においても行為者と相手方との間に婚姻関係があるかどうかは性犯罪の成立に影響しないと解する見解が一般的でしたが条文上明らかにされておらず学説の一部には配偶者間の性犯罪の成立を限定的に解する見解もありました。改正により解釈上の疑義が払拭されるに至っています。
故意
本罪の故意が認められるためには原因行為や原因事由、同意しない意思を形成し表明し若しくは全うすることが困難な状態及びわいせつな行為の認識と認容が必要です。これらの評価を基礎づける事実の認識すなわち意味の認識があれば足ります。被害者が同意をしているものと軽信してわいせつな行為に及んだ場合であってもその行為者が同意しない意思を形成し表明し若しくは全うすることが困難な状態にあることについて認識と認容をしていれば故意が認められます。
被害者の年齢及び行為者との年齢差も本罪の故意における認識の対象です。被害者が16歳未満の者である場合には行為時に被害者が16歳未満の者であることの認識が必要となります。被害者が16歳未満の者であるにもかかわらず16歳以上の者と誤信し行為者がその者の同意に基づいてわいせつな行為をしたときは事実の錯誤として故意が阻却されます。
被害者が13歳以上16歳未満である場合には行為時に被害者との間で5年以上の年齢差があることの認識が必要となります。被害者との間で5年以上の年齢差があるにもかかわらずそれがないと誤信し行為者がその者の同意に基づいてわいせつな行為をしたときは事実の錯誤として故意が阻却されます。
わいせつの意図の要否
本罪の成立のために主観的違法要素としてわいせつの意図すなわち自己の性欲を刺激興奮させ又は満足させる性的意図が必要かどうかについてかつての判例は必要説の立場に立っていましたが判例は明示的な判例変更を行い不要説の立場に立つに至りました。
すなわち判例はわいせつな行為にあたるか否かの判断を行うためには行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で事案によっては当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し社会通念に照らしその行為に性的な意味があるといえるか否かやその性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ないとしています。そのような個別具体的な事情の一つとして行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難いとしつつもそのような場合があるとしても故意以外の行為者の性的意図を一律に本罪の成立要件とすることは相当でないと判示しています。
したがってその行為そのものが持つ性的性質が明確な行為の場合には当該行為が行われた際の具体的状況や行為者の主観を問わず当然にわいせつ行為と評価されます。一方でその行為そのものが持つ性的性質が不明確な行為の場合には当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し社会通念に照らしその行為に性的な意味があるといえるか否かを判断することになりその際には行為者の目的等の主観的事情も考慮することがあり得ます。
未遂
本罪はわいせつな行為が行われることにより既遂となります。未遂犯も処罰されます。
実行の着手時期についてまず同意しない意思を形成し表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせる場合にはその手段としての176条1項各号の原因行為又はそれらに類する行為のいずれかが開始された時点で実行の着手が認められます。ただし5号の同意しない意思を形成し表明し又は全うするいとまがないことは事由であって行為ではないのでこの場合にはわいせつな行為が開始された時点で実行の着手が認められます。
次に同意しない意思を形成し表明し若しくは全うすることが困難な状態にあることに乗じる場合にはわいせつな行為が開始された時点で実行の着手が認められます。
罪数と他罪との関係
16歳未満の者に対し176条1項又は2項の要件を満たす形でわいせつな行為をした場合は176条の各項の区別なく176条に該当する一罪が成立します。
不同意わいせつ罪が同時に公然わいせつ罪の要件を満たす場合には両者の保護法益は異なるので不同意わいせつ罪と公然わいせつ罪の観念的競合となります。
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