公務員にも保障される政治活動の自由
公務員も憲法21条1項により表現の自由が保障されます。その中には政治活動の自由も含まれます。しかし現行法上、公務員の政治活動は広汎に制約されており、一般国民とは大きく異なった扱いを受けています。
政治活動の自由を制約する根拠についての学説
公務員の政治活動の自由を制約する根拠が何にあるのかについては、学説上異なる見解があります。
A説は、憲法15条2項の「全体の奉仕者」という規定に制約の根拠を求めます。この見解では、公務員が国民全体に奉仕するという身分に基づいて政治活動が制約されると考えます。
B説は、公務員の職務の性質に制約の根拠を求めます。公務員として遂行する職務の性質に基づいて制約されるという考え方です。
C説は、憲法が公務員関係という特別な法律関係の存在とその自律性を憲法的秩序の構成要素として認めていることに制約の根拠を求める見解であり、憲法秩序構成要素説と呼ばれます。
公務員の政治活動に対する制約については、C説の立場から、LRAの基準の趣旨に従い公務員の地位・職務権限等の相違を勘案して実質的に検討すべきであるとの見解が有力に主張されています。最高裁は猿払事件判決以降A説に依拠し、かつ合理的関連性の基準を用いて合憲性を判断してきたとされています。
猿払事件判決の事案
郵政事務官で労働組合の役員であった者が、国会議員選挙のためのポスターを公営掲示板に掲示したことについて、国家公務員法102条1項と人事院規則14-7に違反するとして起訴された事件です。
猿払事件判決の判旨
判決は、憲法15条2項が公務が国民全体に対する奉仕として運営されることを定めており、特に行政分野では政治的偏向を排して中立的に運営されることが重要だとしました。公務員の政治的中立性が維持されることは国民全体の重要な利益だとしたのです。
その上で、公務員の政治的中立性を損なうおそれのある政治的行為を禁止することは、それが合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであると判示しました。
合理的関連性の基準
判決は、公務員に対する政治的行為の禁止が合理的で必要やむを得ない限度にとどまるかを判断するにあたっては、三つの点から検討することが必要だとしました。第一に禁止の目的です。第二に禁止の目的と禁止される政治的行為との関連性です。第三に政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡です。
禁止の目的
判決は、もし公務員の政治的行為のすべてが自由に放任されるときは、公務員の政治的中立性が損われ、その職務の遂行ひいては行政機関の公務の運営に党派的偏向を招くおそれがあり、行政の中立的運営に対する国民の信頼が損われることになると説明しました。
また公務員の党派的偏向は、政治的党派の行政への不当な介入を容易にし、行政の中立性が歪められる可能性があり、そのような傾向が拡大すれば行政組織の内部に深刻な政治的対立を醸成して、行政の能率的で安定した運営が阻害され、議会制民主主義の政治過程を経て決定された国の政策の忠実な遂行にも支障をきたすおそれがあるとしました。さらにこのようなおそれは行政組織の規模の大きさに比例して拡大するため、組織の内部規律のみではその弊害を防止できない事態に至るとしたのです。
こうした弊害の発生を防止し行政の中立的運営と国民の信頼を確保するため、公務員の政治的中立性を損なうおそれのある政治的行為を禁止することは、憲法の要請に応え、公務員を含む国民全体の共同利益を擁護するための措置であり、その目的は正当なものであると判示しました。
禁止の目的と禁止される行為との関連性
弊害の発生を防止するため、公務員の政治的中立性を損なうおそれがあると認められる政治的行為を禁止することは、禁止目的との間に合理的な関連性があると認められるとしました。
判決は、その禁止が公務員の職種や職務権限、勤務時間の内外、国の施設の利用の有無等を区別することなく、あるいは行政の中立的運営を直接、具体的に損なう行為のみに限定されていないとしても、右の合理的な関連性が失われるものではないと述べました。
利益衡量
公務員の政治的中立性を損なうおそれのある行動類型に属する政治的行為を、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するときは、同時にそれにより意見表明の自由が制約されることになります。しかし判決は、それは単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎないとしました。
他方、禁止により得られる利益は、公務員の政治的中立性を維持し、行政の中立的運営とこれに対する国民の信頼を確保するという国民全体の共同利益であるから、得られる利益は失われる利益に比してさらに重要なものであり、その禁止は利益の均衡を失するものではないと判示しました。
判旨への批判
本判決で用いられた合理的関連性の基準に対しては、多くの問題点が指摘されています。言論と行動を区別する点、目的と手段の関連が抽象的なものであれば足りるとする点、利益衡量が形式的で名目的である点などです。
また、公務員の政治的行為が行政の中立的運営を害しうるのは、まさにそれが政治的な活動だからであるので、これを禁止するのは表現内容規制にほかならないという批判もあります。さらに、意見表明そのものの制約をねらいとする規制はおよそ想定できない規制類型であるという批判もなされています。
寺西判事補事件
寺西判事補事件は、通信傍受法案に反対する集会に参加し「仮に反対の立場で発言しても積極的政治運動に当たるとは考えないが、パネリストとしての発言は辞退する」旨発言をした判事補の行為が、裁判所法52条1号にいう「積極的に政治運動をすること」に該当するとして分限裁判で戒告の決定がなされた事案です。
最高裁は、憲法は三権分立主義を採用しており、司法権の担い手たる裁判官は独立して中立・公正な立場に立ってその職務を行わなければならないのであるが、外見上も中立・公正を害さないように自律・自制すべきことが要請されるとしました。司法に対する国民の信頼は、具体的な裁判の内容の公正、裁判運営の適正はもとより当然のこととして、外見的にも中立・公正な裁判官の態度によって支えられるとしました。
したがって、裁判所法52条1号が裁判官に対し「積極的に政治運動をすること」を禁止しているのは、裁判官の独立及び中立・公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するとともに、三権分立主義の下における司法と立法・行政とのあるべき関係を規律することにその目的があるとしました。そして、目的の重要性及び裁判官は単独で又は合議体の一員として司法権を行使する主体であることにかんがみれば、裁判官に対する政治運動禁止の要請は一般職の国家公務員に対する政治的行為禁止の要請より強いものというべきであるとしました。
「積極的に政治運動をすること」とは、組織的、計画的又は継続的な政治上の活動を能動的に行う行為であって、裁判官の独立及び中立・公正を害するおそれがあるものがこれに該当するとされました。具体的行為の該当性を判断するにあたっては、その行為の内容、行為が行われるに至った経緯、行われた場所等の客観的な事情のほか、その行為をした裁判官の意図等の主観的な事情をも総合的に考慮して決するのが相当であるとされました。
そして、憲法21条1項の表現の自由は基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、その保障は裁判官にも及び裁判官も一市民としてその自由を有することは当然であるとしつつも、裁判官に対し「積極的に政治運動をすること」を禁止することは必然的に裁判官の表現の自由を一定範囲で制約することにはなるが、その制約が合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものである限り憲法の許容するところであるとして、猿払事件判決と同じ合理的関連性の基準と間接的・付随的制約論を用いて合憲と判示しました。
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