内閣の職権
73条は内閣は他の一般行政事務の外に列挙された事務を行うと規定しています。行政権は内閣に属するから内閣は原則として一切の行政事務を行いますが本条はそのうち重要なものを例示的に列挙したものです。
法律を誠実に執行し国務を総理すること
法律の執行は内閣の中心的な職務です。誠実に執行するとはたとえ内閣の賛成できない法律であっても法律の目的にかなった執行を行うことを義務付ける趣旨です。
内閣が法律の内容を違憲と判断した場合に法律の執行を拒否できるかが問題となります。この点について国会で合憲として制定した以上内閣はその判断に拘束されるからたとえ内閣が法律を違憲と判断した場合であっても拒否できないと解されています。もっとも内閣の法案提出権を認める通説によれば当該法律を廃止する案を国会に提出することはできます。ただし裁判所が違憲と判断した場合には内閣はその法律の執行義務を解除されます。
国務を総理するの国務とは行政事務のことであって立法と司法を含まず、総理するとは最高の行政機関として行政事務を統括し行政各部を指揮監督することをいうと解されています。
外交関係を処理すること
73条2号はすべての外交事務を含みます。内閣は外交関係を処理しますがこれは法律の執行という行政権の通常の作用とは異なる権限を内閣に帰属させたものです。外交関係の処理に関する事務には条約の締結以外の外交交渉、外交使節の任免、外交文書の作成などが含まれます。
条約を締結すること
条約の締結は外交関係の処理に含まれますがその重要性に鑑み特に別個に規定されたものです。条約の締結が内閣の権能とされるのは外交関係は政府の専権とされてきた伝統があること及び実際に相手国との交渉を行うについて最も適しているのは政府であることに基づきます。しかし条約は国家の命運やときには国民の権利義務に直接関係することから憲法は条約の締結権は内閣に帰属させつつも条約の締結に国会の承認を要するとして内閣の権限の行使を国会の直接の統制下に置こうとしました。なお明治憲法では条約締結権は天皇の大権事項とされ条約締結の権能は政府に与えられておらず議会の関与も認められていませんでした。
条約とは当事国に一定の権利義務関係を設定することを目的とした国家間の文書による約束をいい協約、協定など名称のいかんにかかわりません。ただし既存の条約を執行するための細部の取極めや条約の委任に基づいて個別的かつ具体的問題についてなされる取極めすなわち行政協定や交換公文は本号の条約に当たりません。これらは2号の外交処理権限の一環として国会の承認を経ず内閣のみで処理できます。
条約締結の手続
条約締結行為は内閣が外国と交渉しその任命する全権委員が署名かつ調印し内閣が批准することによって確定します。批准とは国家として条約を締結する旨の意思を最終的に確認する行為をいいます。批准には天皇の認証を必要とします。批准を留保せず調印だけで条約が確定することもあります。ただし条約の成立要件として国会の承認が必要とされ予算の場合と同様に衆議院の優越が認められています。
不承認条約の効力
条約の締結後に承認が求められ国会がこれを承認しなかった場合の条約の効力について見解が分かれます。
A説は有効説です。条約の効力は署名又は批准により確定し事後に承認が得られなくても条約の効力には影響はないとします。ただし内閣は事態を是正する政治的義務を負います。条約は国際法上の法形式でありその国際法的効力は国際法により決定されるべきであること、各国は外国の憲法をその責任において判断する義務があると解すると国際法上の法的安定性を害すること、条約が確定的に成立する前と後とでは承認の法的意味が異なることは当然であることがその理由です。
B説は二元説です。国内法的には無効であるが国際法的には有効であるとします。A説の理由に加え国際法と国内法は別次元の問題であることがその理由です。
C説は無効説です。国会の承認は条約成立の法定効力要件であり事後に承認を求めてその承認が得られなかった場合には先になされた条約は国内法的にも国際法的にも無効であるとします。国会の承認について事前と事後とによって法的効力の有無を区別することは憲法の趣旨と考えられないこと、事後の承認を軽視するのは国会の意思を軽視する結果になること、相手国にとっても日本国憲法の下では条約締結に国会の承認を要することは客観的に明白であるから承認がない場合に無効としても不当でないことがその理由です。
D説は条件付無効説です。国会の承認権の規定の具体的意味が諸外国においても周知の要件として認識されている場合には国際法的にも無効であるとします。
条約修正権
条約の承認に当たり国会は修正権を有するかが問題となります。
A説は否定説であり通説です。修正は単に内閣に対して再度相手国と交渉すべきことを政治的に要請するにとどまり法的には不承認を意味するとします。日本を代表して外国と直接折衝し条約案文の作成に当たるのは内閣でありその権限のない国会が修正できるとすることは内閣の条約締結権を侵害すること、承認の法的性格は内閣に条約の効力を確定する批准権を授権する行為であるから一括承認か一括否認に限られること、国際法の原則からすれば条約案文は調印により確定するからその後の修正は相手国の同意がなければ認められず結局これらの修正は不承認と新たな条約案の提案を意味するにすぎないことがその理由です。なお可分的条約については一部承認も認められます。
B説は肯定説です。国会は承認権を行使するに際し条約に修正を加えることも許されるとします。内閣の条約締結権を制限し内閣をして国会の意思を尊重せしめようとするのが条約承認権の意義であるから国会の意思と審議権を尊重すべきであること、一括不承認が可能であるならばそれよりも拒否の程度が弱く部分的不承認とみなされる修正も可能と解すべきであること、61条が両院協議会の手続を規定しているのは両院の意思の不一致の場合に妥協することを予測したものであるから国会が条約の修正付承認を可能にしていると考えられることがその理由です。なお修正権が相手国との関係において直ちに拘束力を発生させると解するわけではなく相手国が合意しない限りその条約は不承認の場合と同様に扱われることになります。
官吏に関する事務を掌理すること
官吏に関する事務とは職員の職階制、任免、給与、懲戒などに関する事務です。官吏に関する事務の掌理は法律の定める基準に従います。この基準を定めるために制定されたのが国家公務員法です。なお人事行政の公正の確保等に関する事務を司るために内閣の所轄の下にいわゆる独立行政委員会としての人事院が置かれています。明治憲法では官吏に関する事務の掌理は天皇の大権事項とされ勅令によりその基準が定められていました。
本号の官吏に国会職員や裁判所職員も含まれるのか、掌理の内容として任免権も含めて解するか否かと関連して見解の対立があります。A説は掌理とは指揮監督を意味し任免権を含むとし官吏とは内閣が原則的に任免権を有する公務員に限られ国会職員や裁判所職員を含まないとします。B説は掌理とは任免権を含まず全体として調和のとれた円滑な事務処理を配慮するぐらいの意味であるとし官吏とは内閣の指揮監督下にない国会職員や裁判所職員などの公務員も含みうるとします。
政令を制定すること
内閣は政令をこの憲法及び法律の規定を実施するために制定する権限を有します。政令とは内閣が制定する一般的かつ抽象的法規範をいいます。
実施するためとは法律の存在を前提とするということであり議会を通さない緊急命令や独立命令や代行命令は認められず法律の執行に必要な細則を定める執行命令と法律の委任に基づく委任命令に限定されます。なお憲法及び法律は一体として読むべきであり政令で憲法を直接実施するということは認められません。
政令には特にその法律の委任がある場合を除いては罰則を設けることができません。
恩赦の決定
恩赦の認証は天皇が行いますがその決定権は内閣の権限として73条7号に明示されています。恩赦は立法権及び司法権の作用を行政権者の判断で変動させるものであるので憲法が定める恩赦の各種類の内容と手続について法律で定めることが必要です。
法律及び政令の署名
74条は法律及び政令にはすべて主任の国務大臣が署名し内閣総理大臣が連署することを必要とすると規定しています。内閣の法律執行責任と政令制定かつ執行責任の所在を明らかにしようとするものです。
署名の対象は法律及び政令ですが条約についても署名及び連署がなされるのが例です。署名の主体は主任の国務大臣すなわち法律の定めるところによりその行政事務を分担管理する主任の大臣です。主任の大臣間の権限に疑義がある場合には内閣総理大臣が閣議にかけて裁定します。内閣総理大臣は最後に副署しますが総理大臣自身が自ら主任の国務大臣を兼ねるときは最初に署名し連署はしないことになっています。
署名と連署は形式上のものであって拒否することは許されずその欠缺も法律の効力を左右するものではありません。
国務大臣の訴追
75条は国務大臣はその在任中内閣総理大臣の同意がなければ訴追されないと規定しています。合議制機関としての内閣の一体的活動を確保するとともに検察機関による不当な訴追を防ぐことにあるとされます。
訴追の意味については通常の用語では公訴の提起を意味しますが内閣の職務遂行の確保という趣旨からここではより広く公訴の提起に至る捜査の過程において大臣の職務遂行を阻害するような逮捕や勾留といった処分を行うことも含むと解する見解が有力です。
本条の国務大臣に内閣総理大臣が含まれるかについて見解が分かれます。A説は含まれないとし内閣総理大臣については訴追は全く許されないとします。含まれると解しても内閣総理大臣が自らの訴追に同意することはないから結局訴追を認めないのと同様であることがその理由です。B説は含まれるとし内閣総理大臣は自らの訴追について内閣総理大臣の地位において同意するか否かを決するとします。身の潔白を主張して裁判を受けて立つという判断も不合理とはいえず訴追に同意することもありうることがその理由です。
内閣総理大臣の同意がなければ訴追できないのは当該国務大臣の在任中であって在任中の行為ではありません。当該国務大臣がその職を退けば訴追しえます。在任中に内閣総理大臣の同意が得られない間は公訴時効が停止します。
内閣の権能と内閣総理大臣の権能のまとめ
内閣の憲法上の権能として法律の誠実な執行と国務の総理、外交関係の処理、条約の締結、官吏に関する事務の掌理、予算の作成、政令の制定、恩赦の決定、天皇の国事行為についての助言と承認、国会の臨時会の召集の決定、参議院の緊急集会を求めること、国会への議案提出、衆議院の解散の決定、最高裁判所長官の指名、最高裁判所の長たる裁判官以外の裁判官の任命、下級裁判所裁判官の任命、予備費の支出、決算と会計検査院の検査報告書の国会への提出、国会及び国民への財政状況の報告があります。
内閣総理大臣の憲法上の権能として国務大臣の任命権、国務大臣の罷免権、国務大臣訴追の同意権、内閣を代表して議案を国会に提出する権限、一般国務及び外交関係について内閣を代表して国会へ報告する権限、行政各部を内閣を代表して指揮監督する権限、法律と政令の署名及び連署があります。
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