憲法制定の目的と基本原理
平和主義・基本的人権尊重主義と国民主権主義の関係
前文は、平和主義と基本的人権尊重主義という2つの原理が、憲法のもとで国政によって追求されるべき内容的原理であること、そしてこれらが国民主権主義という国政の決定方式と相互に補い合う関係に立つべきであるという考え方を示しています。
国民主権は「すべての政治的価値の根元は個人にあり」とする個人主義に立脚するものですから、前文1段および1条の国民主権原理も個人主義との関連において理解されるべきです。すべての政治的価値の源泉を個人に求める以上、政治的権力の根拠もまた個人にあり、個人はその価値において平等であることから、君主や貴族ではなくすべての国民が政治の在り方を最終的に決める権威または力を持ちます。
人類普遍の原理
前文1段は、民定憲法性と国民主権を宣言しています。人権と平和の確保の決意を述べた第1文に続き、第2文で国民の信託による国政という根本思想を述べています。
「人類普遍の原理」とは価値的に時間と場所を超えて妥当すべきものをいいます。これは、人間の定める法すなわち人定法を超えて妥当する法規範があるという自然法思想に立脚したものです。
前文1段は「人類普遍の原理」に「反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」と述べています。これは、過去の人定法のみならず将来作られるであろう人定法も「人類普遍の原理」に反する限りその効力を認めないということを意味し、将来の憲法改正の内容を限定するものです。
平和主義
個人主義は平和主義をも導き出します。平和なくして個人の生存はありえないからです。
前文における平和主義の現れとしては、まず第1段において、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」て「この憲法を確定」したとされています。次に第2段において、恒久平和の実現により「われらの安全と生存を保持」すべきものとされています。
前文の法的性格
憲法典の一部としての性格
前文は「日本国憲法」という法典の一部をなしており、法規範性が肯定されます。したがって、その改変は憲法改正手続によらなければなりません。また、前文は本文とともに最高法規としての性格を持ちます。
裁判規範としての性格
前文が本文と同様に法規範としての性格を有するとしても、それ自体が直接に具体的な争訟の準拠となり裁判所によって執行される規範としての性格を有するかという問題があります。これは、平和的生存権の裁判規範性の肯否と関連して問題となります。
否定説は、前文は直接裁判規範となりえず、法律などの違憲性の主張は直接には本文各条項に違反するとして主張されるべきであると考えます。その理由としては、前文は憲法の理想や原則を抽象的に宣明したものであって具体性を欠くこと、前文の内容はすべて本文の各条項に具体化されているため裁判所で実際の判断基準として用いられるのは本文の具体的規定であること、本文の各条項に欠缺があるとは考えられないことが挙げられます。
肯定説は、前文に裁判規範性はあるが、前文が適用されるのは本文各条項に適用すべき条文がない場合であると考えます。その理由としては、本文にも前文と同様に抽象的な規定があり両者の抽象性の違いは相対的なものにとどまること、前文が抽象的な規定にすぎずその理念がすべて本文に具体化されているというだけでは裁判規範性の否定にはならないこと、平和のうちに生存する権利は本文第3章に規定のない基本的人権であるからこの権利を侵害する法律や行為に対しては直接前文の規定を適用して違憲と判断されるべきであることが挙げられます。
判例
裁判規範性を肯定した判例として、長沼事件第一審があります。この判決は、基本的人権尊重主義と平和主義の実現のために地域住民の「平和のうちに生存する権利」すなわち平和的生存権を保護しようとしているものと解するのが正当であるとし、この権利はさらに憲法第3章の各条項によって個別的な基本的人権の形で具体化されていると判示しました。
名古屋高裁平成20年4月17日判決は、平和的生存権を「すべての基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる基底的権利」であるとしたうえで裁判規範性を肯定しました。ただし、自衛隊のイラク派遣は原告らに対して直接向けられたものではなく平和的生存権が侵害されているとはいえないとして、損害賠償請求については請求を棄却し、派遣差止めについては原告適格を否定して訴えを不適法としました。
裁判規範性を否定した判例として、長沼事件第二審があります。この判決は、前文中に定める「平和のうちに生存する権利」は崇高な理念ないし目的としての概念にとどまり、裁判規範としてなんら現実的で個別的な内容を持つものとして具体化されているものではないと判示しました。
百里基地訴訟の最高裁判決も、平和的生存権として主張される「平和」は理念ないし目的としての抽象的概念であり、それ自体が独立して具体的訴訟において私法上の行為の効力の判断基準になるものとはいえないと判示しています。
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