97条の趣旨

97条はこの憲法が日本国民に保障する基本的人権は人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であってこれらの権利は過去幾多の試練に堪え現在及び将来の国民に対し侵すことのできない永久の権利として信託されたものであると定めています。

本条は硬性憲法の建前及びそこから当然に派生する憲法の形式的最高法規性の実質的な根拠を明らかにした規定であると解されています。すなわち憲法が最高法規であるのはその内容が人間の権利及び自由をあらゆる国家権力から不可侵のものとして保障する規範を中心として構成されていることに基づきます。これを実質的最高法規性といいます。

憲法の実質的最高法規性を重視する立場は憲法規範を一つの価値秩序と捉え個人の尊重の原理とそれに基づく人権の体系を憲法の根本規範と考えるため憲法規範の価値序列を認めます。97条が第10章の冒頭に置かれているのは日本国憲法の最高法規性の実質的根拠が基本的人権の保障の徹底にあることを明確にしようとする趣旨であると解されています。

憲法保障の意義

憲法保障とは憲法が守られることを確保すること又はその方法をいいます。最高法規である憲法が守られることは国法秩序全体の安定性にとって極めて重要です。そのため法律等の下位の法規範や違憲的な権力の行使によって憲法の破壊を招く動きを事前に防止し又は事後的に是正するための装置を設けておく必要があります。

そのような装置を組み立てる原理として統治機構の基本原理すなわち権力分立、法の支配及び国民主権と憲法の目的である人権それ自体の二つがあります。前者は人権をよりよく保障しうるような統治機構を構成するための基本原理であると同時に権力が憲法を侵すことを阻止するための原理でもあります。後者については表現の自由をはじめとする人権が十分に保障されていることが憲法保障の装置を機能させるための前提条件となります。人権がよりよく保障されれば憲法もよりよく保障されそれがまた人権のよりよい保障を可能にするという循環的構造をなしています。

憲法保障制度を大別すると憲法自身に定められている制度すなわち正規的憲法保障と憲法には定められていないが超憲法的な根拠によって認められうると考えられる制度すなわち非常手段的憲法保障があります。正規的憲法保障にはさらに事前的保障と事後的保障があります。事前的保障は宣言的保障として最高法規性、憲法尊重擁護義務及び人権の普遍性や永久性があり手続的保障として硬性憲法の厳重な改正手続があり機構的保障として権力分立、議院内閣制、二院制及び地方自治制があります。事後的保障としては違憲立法審査権があります。非常手段的憲法保障としては抵抗権及び国家緊急権があります。

抵抗権

抵抗権とは国家権力が人間の尊厳を侵す重大な不法を行った場合に国民が自らの権利及び自由を守り人間の尊厳を確保するため他に合法的な救済手段が不可能となったとき実定法上の義務を拒否する抵抗行為をいいます。

抵抗権の思想は古くからありますが実際に重要な役割を果たしたのは近代市民革命期に自然法思想に基づいて主張された圧政に対する抵抗の権利です。しかし近代立憲主義の進展は予防的方法を制度化し抵抗権に訴えなければならないような状況を最小限にしていく過程であり憲法保障制度が整備されると抵抗権は成文の権利宣言からは姿を消しました。もっとも圧政に対して抵抗する抵抗権は立憲主義を支える基本理念であってどれだけ立憲主義の諸制度が整備されても抵抗権の論理及び理念を不要とすることはできません。

抵抗権の根拠については争いがあります。A1説は抵抗権は自然法に根拠を有し実定憲法上の規定の有無にかかわらず保障される権利であるとします。実定憲法上規定されれば実定憲法上の権利となります。A2説は抵抗権は実定法上の義務をそれ以外の何らかの義務を根拠にして否認することが正当とされる権利であるとし抵抗権を実定法上の権利とすることは論理矛盾であるとします。B説は抵抗権は立憲主義憲法に内在する実定法上の権利であるとし立憲主義憲法の下での抵抗権と反立憲主義体制憲法の下での非実定法的な革命権とを区別します。

なおドイツ基本法は民主主義秩序を除去しようと企てるいかなる者に対してもすべてのドイツ人は他の救済方法が不可能なときには抵抗する権利を有すると定めており抵抗権の行使は民主主義を破壊しようとする国民自身にも向けられますが日本国憲法はこれを定めておらず消極的な立場と考えられています。

国家緊急権

国家緊急権とは戦争、内乱、恐慌及び大規模な自然災害など平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において国家の存立を維持するために国家権力が立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置を採る権限をいいます。

国家緊急権を行使することは立憲主義の一時停止を意味し人権保障の停止すなわち人権の広範な制限と権力分立の制限すなわち執行権への権力集中をもたらします。

国家緊急権は一方では国家存亡の際に憲法の保持を図るという意味において憲法保障の一形態といえますが他方では立憲的な憲法秩序を一時的にせよ停止し執行権への権力の集中と強化を図って危機を乗り切ろうとするものであるから立憲主義を破壊する大きな危険性を有します。緊急事態に対して憲法上の根拠のない超憲法的な非常措置として行使される場合は法の問題ではなく事実ないし政治の問題です。

明治憲法は緊急命令の権、戒厳宣告の権及び非常大権など緊急権に関する若干の規定を設けていましたが日本国憲法にはこのような規定は設けられておらず国家緊急権に対して消極的な態度をとっているといえます。

憲法の最高法規性

98条1項はこの憲法は国の最高法規であってその条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部はその効力を有しないと定めています。

憲法が最高法規であるとは国内法の体系において憲法が最も高い地位にありかつ最も強い形式的効力を有することをいいます。これを形式的最高法規性といいます。形式的最高法規性は憲法が他の法令とは異なる加重された手続によらなければ改正できないという96条の論理的帰結です。

国務に関するその他の行為とは法律、命令及び詔勅以外の一切の国法形式及び処分をいいます。判例は98条1項にいう国務に関するその他の行為とは公権力を行使して法規範を定立する国の行為を意味し私人とは対等の立場で行う国の行為はこれに該当しないとして自衛隊基地建設のための土地売買契約は国務に関するその他の行為に当たらないとしました。

明治憲法下の法令は原則としてそのまま効力を有し日本国憲法の規定に反する場合にはその効力を有しないと解されています。

条約及び国際法規の遵守

98条2項は日本国が締結した条約及び確立された国際法規はこれを誠実に遵守することを必要とすると定めています。

日本国が締結した条約は形式上の条約に限らず協約、協定、議定書及び憲章その他の名称のいかんを問わず日本国と外国との間の文書による合意を広く含みます。73条3号の条約よりも広くその締結が国会の承認を経たものであるか否かを問いません。したがって国会の承認なしに結ばれたいわゆる政府間協定でもそれが外国と日本との合意の性質をもつ限り98条2項の条約に当たります。

確立された国際法規とは一般に承認され実施されている国際慣習法をいいます。わが国が締結していない条約に規定されている事項であってもそれが一般に承認され実施されている国際慣習法であれば同条が定める遵守義務の対象となります。

国際法と国内法との関係

国際法と国内法の関係をいかに捉えるかについては学説上争いがあります。

二元論は国際法は国家と国家の関係や国家間における国家行為に妥当し国内法は国内における私人と私人の関係や国家機関と私人の関係を規律するものであって両者は相互に独立した法秩序であるとします。この見解によれば国際法はそのままの形では国内法として効力を有せず別に国際法の取極めを実施するための国内法を制定しなければなりません。

一元論は通説であり国際法と国内法は同一の統一的法秩序を形成しているとします。もっとも一元論を採ったとしても国際法が直ちに国内法的効力を生ずるか否かは各国の国内法の定めによります。日本国憲法の解釈論としては国際法は特別の立法措置を講ずることなしに公布により直ちに国内法的効力をもつものとされています。その根拠としては立法措置を必要としないという明治憲法以来の慣行及び条約の締結につき国会の承認が必要とされ天皇が公布し国際法の誠実遵守が謳われていることが挙げられます。

条約と憲法の優劣関係

国際法と国内法との関係について二元論を採れば憲法と条約の優劣関係を論じる意味はありません。一元論を採った場合には条約と憲法のいずれが優位に立つかが問題となります。なお自動執行力のない条約すなわち一般原則や政治的義務を宣言するにとどまりその実施には別途立法措置が必要となる条約については条約と憲法の優劣関係という問題は生じず条約と憲法の関係が問題となるのはそのままの形で国内法として実施できる自動執行力のある条約についてのみです。

憲法優位説は通説であり以下の根拠に基づきます。第一に98条2項は有効に成立した条約の国内法的効力を認めその遵守を強調するのであって違憲の条約までも遵守すべきことを定めたものではありません。第二に98条1項は国内法的秩序における憲法の最高法規性を宣言した規定であり条約が列挙されていないのは当然です。第三に条約締結権及び承認権は憲法の授権に基づくものであるから内閣及び国会はともに憲法に違反しない条約のみを締結し承認する義務を負っており99条の憲法尊重擁護義務の規定はこれを確認しています。第四に手続の難易が形式的効力の優劣に対応するとすれば条約締結手続に比して憲法改正手続の方がはるかに困難です。第五に現在の国際情勢を前提とする限り国際協調主義という一般原則によって条約優位を正当化することは極めて困難です。

なお憲法優位説に立ったうえで国際協調主義や81条列挙事項に条約が含まれていないことを根拠に条約は違憲審査の対象とはならないと考えることも可能です。また適式な手続を経て締結されたある条約が違憲と判断された場合でもそれは当該条約の国内法上の効力を否定するにとどまり当該条約の国際法上の効力を当然に否定するものではないから日本国は依然として当該条約を履行する義務を負います。さらに憲法優位説に立っても裁判所が立法事実の存否を判断するための資料として条約を参照することは許容されます。

条約優位説は以下の根拠に基づきます。第一に前文の国際協調主義及び98条2項の条約の誠実な遵守を実効的なものとするためには条約は一般国内法に優位すると解すべきであり条約に憲法に優位する形式的効力を認める必要があるとします。第二に憲法の最高法規性について規定する98条1項及びそれを担保するための違憲審査権について規定する81条から条約が除外されておりしかも98条2項では条約を誠実に遵守すべき義務が規定されているとします。第三に73条3号の条約締結に関する規定は条約締結の機関と手続を規定したにとどまり条約の効力の根拠を定めたものではないとします。

以上の見解のほかにもポツダム宣言やサンフランシスコ平和条約のような国家形成的な基本条約は憲法に優位するとする立場や主権や基本的人権規定のような基本的な部分すなわち根本規範は条約に優位するとする折衷的立場も主張されています。

なお条約が法律に優位することについては異論はありません。条約の締結に国会の承認が必要とされていること及び98条2項の精神がその根拠です。

判例は砂川事件において安保条約について一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは裁判所の司法審査権の範囲外のものであるとして安保条約を違憲審査の対象から原則として除外しつつも安保条約自体が憲法に違反する可能性は認めています。

憲法尊重擁護義務

99条は天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員はこの憲法を尊重し擁護する義務を負うと定めています。本条は憲法の保障を直接の目的として公務員の憲法尊重擁護義務を規定したものです。

本条にいう義務は倫理的かつ道徳的性質のものであって本条から直ちに具体的な法的効果が生じるわけではなく擁護義務を課す法律によってはじめて具体的な法的義務が生じます。例えば日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し又はこれに加入することは公務員の欠格事由となります。また国家公務員法及びそれに基づく政令は憲法遵守の宣誓を要求しており宣誓を拒否すれば職務上の義務違反として懲戒事由となります。職務上の義務違反には憲法に対する侵犯行為も含まれ憲法に定められた方法以外の手段を用いて憲法改正を唱道することもこれに当たります。

国会議員とは衆議院議員と参議院議員を含みます。国務大臣とは広く内閣の構成員を意味し内閣総理大臣を含みます。国民は含まれていません。

国務大臣が憲法の改正を主張することが本条に違反するかが問題となりますが憲法が改正手続を定めている以上国務大臣が政治家として改正に関する主張をなしうるのは当然です。もっともそれはあくまで96条所定の手続に則っての改正の主張であることが必要であり改正されるまでは憲法に誠実に従って行動する義務があります。したがって主張の仕方や主張に伴う言動がその職務の公正性に対する信頼を損なうような性質や内容のものでなければ本条に反しないとされています。

国民の憲法尊重擁護義務

条文上憲法尊重擁護義務の主体として国民が明示されていないことから国民が憲法尊重擁護義務を負うかが問題となります。

肯定説は憲法制定者である国民が憲法尊重擁護義務を負うことは当然のことであり本条はその当然の前提に立つとします。

否定説は立憲主義憲法のねらいは国民の人権を守るために国家権力を制約することにあるから憲法の尊重擁護は本質的に国家権力機構を構成する公務員に対して国民の側から課される性質のものであるとします。また本条が国民を規定していないのは単なる脱漏ではなく権力の側から国民に対して憲法忠誠を要求するという立場を拒否した意味をもつとします。

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