共犯と錯誤の総説
共犯においても主観的に認識していた事実と現実に発生した事実が異なる錯誤が生じることがあります。この問題を共犯の錯誤といい通常の単独正犯の場合と同じく具体的事実の錯誤及び抽象的事実の錯誤の問題があります。
基本的には具体的事実の錯誤及び抽象的事実の錯誤に関する学説すなわち法定的符合説や具体的符合説に従って処理することが可能です。もっとも共同正犯者間の錯誤が抽象的事実の錯誤に当たる場合には何を共同すれば共同正犯が成立するのかが問われます。
また共犯には関与形式間の錯誤という問題もあります。これには異なる共犯形式間の錯誤という問題と共犯と間接正犯の錯誤という問題がありいずれも共犯論に特有の問題です。
なお共犯行為すなわち教唆行為又は幇助行為と結果との間の因果性が否定される場合には共犯者はその結果についての罪責を負わないので錯誤の問題にはなりません。判例は住居侵入窃盗を教唆したところ被教唆者が侵入に失敗して犯行をいったん断念した後に決意を新たにして別の場所で強盗を行った事案について教唆行為と強盗との因果関係が否定される以上もはや教唆者が強盗について罪責を問われることはなく錯誤の問題にはならないとしています。
具体的事実の錯誤と共同正犯
共同正犯における具体的事実の錯誤として客体の錯誤の場合には法定的符合説及び具体的符合説のいずれからも殺人既遂の共同正犯が成立します。
方法の錯誤の場合には法定的符合説からは殺人既遂の共同正犯が成立しますが具体的符合説からは狙った客体に対する殺人未遂の共同正犯が成立し命中した客体に対する過失致死については過失の共同正犯の問題となります。
具体的事実の錯誤と狭義の共犯
狭義の共犯の錯誤は主に教唆犯について議論されており幇助犯の錯誤については基本的に教唆犯と同様に考えてよいとされています。
客体の錯誤の場合には法定的符合説からは正犯者に殺人罪が成立し教唆者にも殺人罪の教唆犯が成立します。具体的符合説からは正犯者に殺人罪が成立する点は同様ですが教唆者の処理については殺人罪の教唆犯とする見解と不可罰とする見解があります。
方法の錯誤の場合には法定的符合説からは正犯者に殺人罪が成立し教唆者にも殺人罪の教唆犯が成立します。具体的符合説からは正犯者について狙った客体に対する殺人未遂罪と命中した客体に対する過失致死罪が成立し教唆者には狙った客体に対する殺人未遂の教唆犯が成立します。
抽象的事実の錯誤と共同正犯
共同正犯における共同の意義については犯罪共同説と行為共同説の対立があり今日において犯罪共同説の主流となっているのは部分的犯罪共同説です。部分的犯罪共同説は異なった故意を有する者が共同して犯罪を実行する場合であっても両者の構成要件が重なり合うときはその限度で犯罪を共同して実現したといえるのでその範囲で共同正犯が成立するとする見解です。
判例は暴行及び傷害を共謀した者のうちの1人が未必の殺意をもって殺人罪を犯した事案について殺人罪と傷害致死罪とは殺意の有無という主観的な面に差異があるだけでその余の犯罪構成要件要素はいずれも同一であるから殺意のなかった者については殺人罪の共同正犯と傷害致死罪の共同正犯の構成要件が重なり合う限度で軽い傷害致死罪の共同正犯が成立するとしています。
その後の判例は未必的な殺意をもって医療措置を受けさせないまま放置して患者を死亡させた者について殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となるとしており重い故意をもっていた者について軽い罪の限度で共同正犯が成立しているため部分的犯罪共同説を採用したものと解されています。
抽象的事実の錯誤と狭義の共犯
狭義の共犯において抽象的事実の錯誤があったときは判例及び通説は法定的符合説から原則として現実に発生した犯罪事実について故意は認められないが認識していた犯罪事実と現実に発生した犯罪事実の構成要件が重なり合う場合にはその限度で例外的に故意犯の成立を認めるとしています。そして構成要件の重なり合いは行為態様の共通性及び保護法益の共通性の双方がともに認められる場合に実質的に判断します。
抽象的事実の錯誤における共同正犯の成否
謀議の時点で各関与者の間にいかなる犯罪を行うかについての認識に不一致がある場合と謀議の時点では認識の不一致はないが後に関与者の一部が謀議の内容と異なる犯罪を実行した場合とに分けて検討する必要があります。
謀議の時点で認識の不一致がある場合として殺人の意思をもつ者と傷害の意思をもつ者がともに被害者に攻撃を加える謀議をしてそれぞれ実行行為を行った場合を考えます。部分的犯罪共同説の立場からは殺人の意思には保護法益と行為態様が重なる傷害罪という犯罪を実行する意思も含まれるので傷害罪の限度で共謀の要件を満たし正犯性及び共謀に基づく実行行為の要件も満たします。したがって傷害致死罪の共同正犯の構成要件該当性が認められ結論として殺意のある者には殺人既遂罪の単独正犯が成立し他方の者との間では傷害致死罪の限度で共同正犯となります。
謀議の時点で認識の不一致はないが後に関与者の一部が謀議の内容と異なる犯罪を実行した場合にはまず共謀の射程の問題として当初の共謀と実行行為との間に因果性が認められるかを判断します。共謀の射程が及ばない場合には共謀に基づく実行行為の要件を満たさないので謀議した犯罪の共同正犯のみが成立し錯誤の問題とはなりません。共謀の射程が及ぶ場合には共謀に基づく実行行為の要件を満たしますが謀議の時点での認識と異なる事実が現実に発生しているため錯誤の問題となります。法定的符合説の立場からは重い犯罪の故意がない以上38条2項により重い犯罪は成立しませんが実質的な重なり合いが認められる限度で軽い犯罪が成立します。
異なる共犯形式間の錯誤
教唆の故意で行為を行ったところ客観的には教唆には当たらず被教唆者の決意が強化されたにとどまり幇助に当たる場合のように異なる共犯形式間で錯誤が生じることがあります。法定的符合説の立場からは共犯の各関与形式すなわち共同正犯、教唆及び幇助は構成要件を実現する形式が異なるだけでありいずれも他人を通じて法益侵害又は危険を惹起する点で共通しているので軽い共犯形式の限度で重なり合いを認めることができるとされています。共犯の各関与形式の重さは共同正犯、教唆、幇助の順と考えられており教唆の故意で幇助の結果が生じた場合には軽い共犯形式である幇助犯が成立します。
共犯と間接正犯の錯誤
間接正犯の故意で行為を行ったところ被利用者が事情を知りながらもあえて犯罪を実行した場合には主観的には間接正犯の故意しか有していなかったが客観的には教唆となったという錯誤が問題となります。この問題は間接正犯の実行の着手時期の論点と関連して問題となります。
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