名誉に対する罪の保護法益

刑法上の名誉の意義は人の真価を意味する内部的名誉、人に対する社会的評価や世評や名声を意味する外部的名誉及び人の価値について本人自身が有する意識感情である名誉感情に分けられます。内部的名誉は外部からの力によって影響されえない以上名誉に対する罪の法益になりえません。そこで名誉に対する罪の保護法益は外部的名誉か名誉感情かが問題となります。

判例及び通説は名誉毀損罪及び侮辱罪ともに外部的名誉が保護法益であるとします。名誉感情は人により相当異なる不明確なものであり刑法上保護に値しないこと、名誉感情を保護法益とすると名誉感情をもたない幼児や重度の精神病者に対して侮辱罪が成立しないことになること及び被害者の面前で侮辱されなくても公然となされれば侮辱罪が成立するから名誉感情を保護法益とするのは妥当でないことがその理由です。この立場では法人に対する侮辱罪も成立しえます。

これに対し名誉毀損罪は外部的名誉、侮辱罪は名誉感情が保護法益であるとする見解もあります。この立場では法人に対する侮辱罪は成立しえません。

さらに名誉毀損罪及び侮辱罪ともに外部的名誉と名誉感情の双方が保護法益であるとする見解もあります。

名誉毀損罪

230条1項は公然と事実を摘示し人の名誉を毀損した者はその事実の有無にかかわらず3年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処すると定めています。

公然と事実を摘示すること

公然とは不特定又は多数人が知りうる状態をいいます。判例は当初は特定した少数者に対するものでも伝播して不特定多数者が認識しうる可能性を含む場合にも公然性が認められるとしています。

事実を摘示するとは具体的に人の評価を低下させるに足りる事実を告げることをいいます。事実はすでに一般に知られていてもよくまた真実か否かも問いません。

名誉毀損罪の客体

人は自然人のほか法人及び法人格のない団体も含まれます。自然人には幼児や精神障害者も含まれます。被害者は特定されている必要があるため不特定集団は人に含まれません。

名誉とは人に対する社会的な評価すなわち外部的名誉をいいます。ただし人の経済的な支払能力及び支払意思に対する社会的評価は信用毀損罪における信用に含まれるので本罪の名誉から除外されます。いわゆる虚名すなわち事実と異なる不当に高い評価も人の社会的評価にほかならないから真実である事実を摘示して虚名を修正する行為であっても人の社会的評価を低下させるものである以上本罪が成立しえます。

毀損の意義

毀損とは社会的評価を害するおそれのある状態を発生させることで足り現実に社会的評価が低下したことは必要ありません。すなわち本罪は抽象的危険犯です。

死者の名誉毀損罪

230条2項は死者の名誉を毀損した者は虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ罰しないと定めています。死者の名誉については虚偽の事実を摘示した場合のみ処罰されます。誤って虚偽の事実を摘示して名誉を侵害しても故意犯である本罪は成立しません。

公共の利害に関する場合の特例

230条の2第1項は名誉毀損行為が公共の利害に関する事実に係りかつその目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には事実の真否を判断し真実であることの証明があったときはこれを罰しないと定めています。人格権としての個人の名誉の保護と憲法21条による正当な言論の保障との調和を図ることにその趣旨があります。

公共の利害に関する事実とは一般の多数人の利害に関係する事実をいいます。公共の利害に関する事実にあたるか否かは摘示された事実自体の内容及び性質に照らして客観的に判断されるべきものであり摘示する際の表現方法や事実調査の程度などは公益目的の有無の認定等に関して考慮されるべき事柄にすぎないとされています。

その目的が専ら公益を図ることにあったとは公共の利害を増進させることを主たる動機として事実を摘示したことをいいます。

真実性の証明の対象は摘示された事実です。噂や風評の形式で事実が摘示された場合でも証明の対象は噂や風評の存在ではなく風評の内容たる事実です。

公訴提起前の犯罪行為

230条の2第2項は公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は公共の利害に関する事実とみなすと定めています。

公務員に関する事実

230条の2第3項は名誉毀損行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には事実の真否を判断し真実であることの証明があったときはこれを罰しないと定めています。事実の公共性と目的の公益性の要件の立証は不要とされています。ただし摘示事実が公務員としての資質や能力と全く関係ない場合は除かれます。

私人の私生活上の行状と事実の公共性

判例は私人の私生活上の行状であってもそのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによっては公共の利害に関する事実にあたる場合があるとしています。

230条の2の法的性質

230条の2の規定は罰しないと定めていますがこの罰しないとはどのような意味か法的性質が問題となります。

処罰阻却事由説はおよそ人の名誉を毀損する行為それ自体が犯罪であり真実性の証明は名誉毀損がなされた後の事情であるから名誉毀損の違法性とは関係がないと考えます。違法性阻却事由説の立場に立つと原則として検察官が真実性の証明に係る事実の不存在について立証責任を負うはずですが230条の2は真実性の証明に係る立証責任を被告人側に負担させていることから処罰阻却事由説と整合的であると解されています。もっとも処罰阻却事由説に対しては表現の自由に基づく真実の言論であっても違法性を認める点で疑問があるとの批判がなされています。

違法性阻却事由説は表現の自由に基づく真実の言論は違法性を阻却するので犯罪そのものが成立しないと解します。判例は230条の2の規定は他人の名誉を毀損する表現の内容が証明可能な程度に真実であることを違法性阻却事由として定めたものであるとの立場に立っているものと解されています。

真実性の錯誤

事実を摘示した者が何らかの根拠に基づいて事実を真実だと考えていたが真実でなかった場合やあるいは真実性の証明に成功しなかった場合になお免責の余地があるかが問題となります。

判例は事実が真実であることの証明がない場合でも行為者がその事実を真実であると誤信しその誤信したことについて確実な資料及び根拠に照らし相当の理由があるときは犯罪の故意がなく名誉毀損の罪は成立しないとしています。インターネットの個人利用者による名誉毀損の場合においても確実な資料及び根拠に照らし相当の理由がある場合にのみ故意が否定されるべきでインターネットの特殊性を理由に基準を緩和するべきではないとされています。

処罰阻却事由説に立ちつつ確実な資料及び根拠に基づいて事実を公表する行為は正当な言論活動にほかならないので正当行為によって違法性が阻却されるとする有力説もあります。

侮辱罪

231条は事実を摘示しなくても公然と人を侮辱した者は1年以下の拘禁刑もしくは30万円以下の罰金又は拘留もしくは科料に処すると定めています。

公然とは名誉毀損罪の場合と同じく不特定又は多数人が認識しうる状態のことをいいます。人には自然人のほか法人及び法人格のない団体も含まれます。自然人には幼児や精神障害者も含まれます。侮辱とは人に対する侮蔑的価値判断を表示することをいいます。言語のほか動作や図画などでもよいとされています。本罪は抽象的危険犯であると解されており人に対する侮蔑的価値判断が表示されれば人に対する社会的評価が実際に低下したかどうかを問いません。

名誉毀損罪と侮辱罪の区別

判例及び通説の立場では名誉毀損罪と侮辱罪は手段すなわち事実の摘示の有無により区別されます。事実を摘示しなくてもとは事実を摘示しないでと解されます。この立場では名誉毀損罪が230条の2で免責された場合に事実の摘示があるので侮辱罪は成立しません。

これに対し名誉毀損罪と侮辱罪を保護法益によって区別する見解では事実を摘示しなくてもとは事実を摘示しない場合でもと解されます。この立場では名誉毀損罪が230条の2で免責された場合になお侮辱罪が成立しえます。

親告罪

232条1項は名誉に対する罪は告訴がなければ公訴を提起することができないと定めています。被害者の意思を無視した公訴の提起はかえって被害者の名誉を侵害してしまうおそれがあるため名誉毀損罪及び侮辱罪はともに親告罪とされています。同条2項は告訴をすることができる者が天皇、皇后、太皇太后、皇太后又は皇嗣であるときは内閣総理大臣が外国の君主又は大統領であるときはその国の代表者がそれぞれ代わって告訴を行うと定めています。

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