司法積極主義と司法消極主義
付随的審査制の下においても憲法判断に積極的か消極的か及び違憲判断に積極的か消極的かは裁判所のとる態度によってかなりの幅が生じえます。その裁判所の態度を表す言葉が司法積極主義と司法消極主義です。
司法積極主義は憲法判断に立ち入るか否か及び違憲判断をするか否かの二つの決定段階において違憲審査権行使に積極的である立場です。憲法の最高法規性確保や裁判官の憲法尊重擁護義務等から裁判所は法律の合憲性を判断する権限が与えられていること、違憲の疑いのある法令によって国民の人権が侵害されているとき裁判所は積極的に違憲審査権を行使するのが民主主義原理に適うこと、多数決原理を本質とする民主主義過程では十分に保護されない側面をもつ少数者の人権を擁護することこそが裁判所の任務であること及び特に精神的自由と選挙権の侵害が問題になっている場合には民主主義過程の機能を回復するために裁判所は積極的に違憲審査権を行使すべきであることがその根拠です。
司法消極主義は憲法判断に立ち入るか否か又は違憲判断をするか否かの決定段階において違憲審査権行使に消極的である立場です。国民に直接政治的責任を負わない裁判所は国民代表機関たる国会の意思を最大限尊重する必要があること、違憲判決の有する社会的影響力の大きさに鑑み裁判所は違憲判決を自制すべきであること及び特に経済的自由の規制に関しての立法府の誤りは民主主義の中で是正することが可能であるので裁判所は政治部門の判断を尊重すべきであることがその根拠です。
判決事実と立法事実
裁判所の実際の審理は通常当該事件の個別的な事実を認定することと認定事実に法をどのように適用するかということにあてられます。このような当事者及び事件に関する事実を司法事実ないし判決事実といいます。
判決事実に加えて憲法訴訟では法令自体の違憲性が争われるために事件に適用される法律の基礎を形成しかつその合理性を支える社会的、経済的、文化的な一般的事実の存否を確かめるべき場合が多くなります。このような法律を制定する場合の基礎をなしかつその合理性を支える一般的事実を立法事実といいます。
憲法判断の回避
裁判所は憲法上の争点を扱う場合であっても国民を代表する国会の判断を最大限尊重したり裁判の客観性と公正さに対する国民の信頼を維持するために憲法判断を回避することが多くあります。
憲法判断そのものの回避とは具体的事件の審理に際して違憲の争点に論及しなくても当該事件の法的解決ができるとして違憲の争点に関する憲法判断を行わない手法をいいます。
恵庭事件において判例は被告人の行為が犯罪構成要件に該当しないとして無罪としつつ憲法判断については違憲審査権を行使しうるのは具体的争訟の裁判に必要な限度に限られるとし当該事件の裁判の主文の判断に直接かつ絶対必要な場合にだけ立法その他の国家行為の憲法適否について行使されるべきものであるとしました。
これに対し長沼事件第一審では憲法の基本原理に対する黙過することが許されないような重大な違反の状態が発生している疑いが生じかつその結果当該訴訟事件の当事者をも含めた国民の権利が侵害され又は侵害される危険があると考えられる場合において裁判所が憲法問題以外の当事者の主張について判断することによってその訴訟を終局させたのでは当該事件の紛争を根本的に解決することができないと認められる場合にはその国家行為の憲法適合性を審理判断する義務があると判示し憲法判断に踏み切りました。
合憲限定解釈の意義
合憲限定解釈とは文面上の憲法判断に際して法律のある解釈をとると違憲となり他の解釈をとれば合憲となる場合には後者の解釈を採用するという解釈方法あるいは解釈結果のことをいいます。
合憲限定解釈の根拠としてはできる限り統一的な国法秩序を形成するためには法律は可能な限り憲法適合的に解釈されなければならないこと、民主制の下では国会が制定した法律には合憲性の推定がはたらき議会の判断に対する敬譲が与えられるべきであること及び法令の違憲判断には一定の法的混乱が不可避的に随伴する以上違憲の宣言は可能な限り回避されるべきであることが挙げられます。
合憲限定解釈の問題点と妥当範囲
合憲限定解釈の問題点としては合憲限定解釈による結論は法文上からは判断しえないので法文の不明確性が依然として存在し法律の予見機能を失わせる危険があること、判例変更により限定解釈が覆される可能性があり法的安定性を維持できないおそれがあること及び裁判所に法創造機能が与えられ合憲限定解釈が法令の文言と目的の許容範囲を超えて行われ法令の書き直しに近い解釈が行われる危険性があることが指摘されています。
合憲限定解釈の妥当範囲としてはまず解釈自体が法律の文言及び立法目的からみて合理的に成立する場合に限って正当化されます。したがって法令があまりにも広汎な罰則規定や権利制限規定を設けている場合及び法令上非常に多義的に解釈される用語が使用されている場合には合憲限定解釈をとる余地がなく当該法令を端的に違憲と判示すべきです。次に違憲の部分が合憲の部分と比べて非常に広い場合や違憲の部分と合憲の部分が不可分の関係に立つ法令の場合には合憲限定解釈をとるべきではなく法令違憲とすべきです。さらに精神的自由の規制立法については萎縮的効果を避けるという観点から解釈上合憲的に適用できる部分と不可分の関係で違憲的に適用される部分が含まれている場合には文面審査の方法により当該法令を文面上無効と判断すべきです。
合憲限定解釈に関する判例
税関検査事件において判例は表現の自由を規制する法律の規定にかかる合憲限定解釈の限界について二つの基準を呈示しました。第一に規制の対象となるものとそうでないものとが明確に区別されかつ合憲的に規制しうるもののみが規制の対象となることが明らかにされる場合であること、第二に一般国民の理解において具体的場合に当該表現物が規制の対象となるかどうかの判断を可能ならしめるような基準をその規定から読みとることができるものであることです。
全農林警職法事件において判例は違法性の強い争議行為を違法性の強い又は社会的許容性のない行為によりあおる等した場合に限って刑事制裁を科すべき趣旨と解釈すると違法性の強弱の区別が元来はなはだ曖昧であるから刑事制裁を科しうる場合と科しえない場合との限界がすこぶる明確性を欠くとして不明確な限定解釈はかえって犯罪構成要件の保障的機能を失わせることとなりその明確性を要請する31条に違反する疑いすら存するとしました。
福岡県青少年保護育成条例事件において判例は淫行の意義を限定的に解釈したうえでこのような解釈は通常の判断能力を有する一般人の理解にも適うものであるとして処罰の範囲が不当に広すぎるとも不明確であるともいえないとしました。
広島市暴走族追放条例事件において判例は条例の規定の仕方が適切ではなく文言どおりに適用されることになると規制の対象が広範囲に及び21条1項及び31条との関係で問題があるとしつつも条例全体から読み取ることができる趣旨等を総合して暴走族の定義を限定的に解釈し限定的に解釈すれば当該条例の規定は違憲とまではいえないとしました。
法令違憲
法令違憲とは争われた法令の規定そのものを違憲と判断する方法をいいます。最高裁判所が法令違憲判決を言い渡すには必ず大法廷でしなければなりません。
法令違憲を用いた最高裁判例としては尊属殺重罰規定違憲判決、薬事法違憲判決、衆議院議員定数不均衡違憲判決、森林法共有林事件、郵便法違憲判決、在外邦人選挙権制限違憲判決、国籍法違憲判決、婚外子差別規定違憲決定、再婚禁止期間違憲判決、在外邦人国民審査権訴訟違憲判決、性同一性障害特例法違憲決定、旧優生保護法違憲判決があります。
国籍法違憲判決では国籍法3条1項が日本国籍の取得について過剰な要件を課したことにより差別が生じたとして同項の規定自体を全部無効とするのではなく過剰な要件を設けることにより差別を生じさせている部分のみを除いて合理的に解釈するという方法が採られました。この解釈は裁判所が法律にない新たな国籍取得の要件を創設するものであって国会の本来的な機能である立法作用を行うものとして許されないと評価することは当を得ないとされました。
適用違憲
適用違憲とは当該法令の規定自体を違憲とはせず当該事件におけるその具体的な適用だけを違憲と判断する方法をいいます。当事者の人権を救済すると同時に当該法令をも救済するという点で合憲限定解釈と同じく司法消極主義の技術の一つといえます。
ただし適用違憲の判断を受けたとしても法令の効力それ自体に影響はないことから法令によって実際に禁止される行為の範囲が不明確となります。そこで表現の自由を漠然あるいは過度に広汎な文言で規制する法令及び表現行為について事前抑制を行う法令については適用違憲の方法によらずに法令違憲の判断を下すべきであるとの見解が有力です。
適用違憲には三つの類型があります。第一の類型は法令を合憲的に限定解釈することがそもそも不可能な場合にその法令を当該事件に適用することが違憲であるとする方法です。第二の類型は法令についての合憲限定解釈が可能であるにもかかわらずそうせずに法令を適用した場合にそのような解釈や適用をその限りで違憲とする判断方法です。第三の類型は法令そのものは合憲でも執行者がそれを憲法で保障された人権を侵害するような形で適用したときにその解釈適用行為を違憲とする方法です。
運用違憲
運用違憲とは法令そのものの合憲性を前提にその運用の在り方を憲法上問題とし違憲の運用が行われている場合にその一環として現れた処分について違憲と判断する方法をいいます。法令の当該事件への具体的な適用の次元ではなくその前の運用一般の次元で違憲と判断する点において適用違憲とは異なります。
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