大気境界層
大気境界層とは
地上付近の風と摩擦力のセクションで、地表面から約1〜2kmまでの範囲を大気境界層(摩擦層)と呼ぶことを学びました。ここでは、この大気境界層の内部構造についてもう少し詳しく見ていきます。
大気境界層は、地表面の影響を直接受ける大気の最下層部分です。地表面との間の摩擦力だけでなく、地表面からの加熱・冷却、水蒸気の蒸発、地形の影響など、さまざまな効果が及ぶ範囲でもあります。大気境界層の上に広がる自由大気は、地表面の直接的な影響をほとんど受けません。
大気境界層の厚さは一定ではなく、時間帯や地表面の状態、気象条件によって変化します。日中は太陽による地表面の加熱で対流が活発になり境界層は厚くなります。夜間は地表面の冷却によって大気が安定化し、境界層は薄くなります。また、海上では温度変化が小さいため境界層は比較的薄く安定していますが、陸上では日変化が大きくなります。
大気境界層の3層構造
日中の大気境界層は、下から順に接地層、対流混合層(混合層)、移行層の3つの層に分けることができます。
接地層
接地層は、大気境界層の最も下の層で、地表面から約数十メートルの高さまでの範囲です。地表面と直接接しているため、摩擦力の影響が最も大きく、風速は高度とともに急激に変化します。
接地層では、風速が地表面でほぼ0で、高度が上がるにつれて急速に増加します。この風速の高度分布(鉛直プロファイル)は対数法則(対数的な関係)に従うことが知られています。
また、接地層は地表面との熱のやり取りが最も活発な層でもあります。日中は地表面からの加熱により空気が暖められ、夜間は地表面の放射冷却により空気が冷やされます。このため、接地層の気温の鉛直分布は日中と夜間で大きく異なります。
対流混合層
対流混合層(混合層)は、接地層の上に位置し、日中に大きく発達する層です。地表面の加熱によって暖められた空気が上昇し、上空の冷たい空気と混合することで、この層全体の気温、風速、水蒸気量などがほぼ一様になります。
対流混合層が「混合」と呼ばれるのは、活発な対流による乱流混合が起こるためです。地表面で加熱された空気塊が上昇し(サーマルと呼ばれます)、上空の空気が下降することで、層全体がよくかき混ぜられた状態になります。
対流混合層の特徴は、気温の鉛直分布がほぼ乾燥断熱減率(約1℃/100m)に近い減率を示すことです。これは、活発な対流によって空気が十分に混合されるため、気温減率が乾燥断熱減率に近づくからです。温位でいえば、対流混合層内では温位がほぼ一定(高度によらず一様)になります。
日中の対流混合層の高さは、晴天の夏の日には1〜2km程度に達することもあります。曇りの日や冬季には、地表面の加熱が弱いため混合層はあまり発達しません。
移行層
移行層は、対流混合層と自由大気の境目にあたる層で、エントレインメント層とも呼ばれます。対流混合層の上端に位置し、比較的薄い層です。
移行層では、対流混合層内の乱流が自由大気の安定した空気と接触します。この境目では、自由大気の安定した空気が対流混合層内に引き込まれる現象が起きます。これをエントレインメント(巻き込み)といいます。
移行層には気温の逆転(高度とともに気温が上昇する層)が見られることが多く、これが「ふた」のような役割をして、対流混合層内の空気がそれ以上の高さまで上昇するのを抑えます。この逆転層の存在が、対流混合層の上端を規定しているのです。
夜間の大気境界層
夜間の大気境界層は、日中とは大きく構造が異なります。日没後、地表面は放射冷却によって冷えていきます。地表面に接する空気も冷やされるため、地上付近に接地逆転層(放射性逆転層)が形成されます。
接地逆転層は、地表面に近いほど気温が低く、上空ほど気温が高い、安定な層です。この安定した層では対流が抑制されるため、日中のような活発な混合は起こりません。
夜間の大気境界層は、下から安定境界層(接地逆転層を含む)と、その上の残留層に分けられます。残留層とは、日中の対流混合層の名残で、混合層の性質(気温減率が乾燥断熱減率に近い状態)をある程度保っている層です。ただし、夜間は地表面からの加熱がないため、新たな対流は起きず、残留層内の乱流は弱まっています。
翌朝、日の出とともに地表面が再び加熱されると、接地逆転層が下から壊されていき、新しい対流混合層が発達し始めます。やがて混合層は残留層を飲み込むように成長し、日中の典型的な3層構造が再び形成されます。このように、大気境界層は日変化に伴って大きく構造を変化させるのが特徴です。
キャノピー層
大気境界層の中でもさらに地面に近い部分、具体的には建物や樹木などの障害物の高さよりも低い範囲のことをキャノピー層と呼びます。キャノピー(canopy)とは「天蓋」や「覆い」を意味する言葉で、建物や木々によって覆われている空間をイメージするとわかりやすいでしょう。
キャノピー層の中では、建物と建物の間、木々の枝葉の間など、非常に複雑な空気の流れが生じています。建物の風下側にできる渦、木々の間を通り抜ける際の風速の変化など、障害物の形状に強く影響を受けた流れとなっています。
キャノピー層は接地層のさらに下にある最も地表面に近い層であり、人間が日常的に生活している空間でもあります。都市のヒートアイランド現象や、局地的な風の変化を理解するためにはこのキャノピー層の性質を知ることが重要です。
大気運動のスケール
大気中の現象にはさまざまな大きさ(スケール)のものがあります。台風のように数百kmにわたる現象もあれば、つむじ風のように数メートルの現象もあります。このような大気運動を分類するために、水平スケールと時間スケールという考え方を使います。
水平スケールと時間スケール
水平スケールとは、大気現象の水平方向の広がりの大きさのことです。時間スケールとは、その現象が存在し続ける時間の長さ、あるいはその現象が変化するのにかかる時間のことです。
一般に、水平スケールが大きい現象ほど時間スケールも長くなる傾向があります。たとえば、つむじ風は水平スケールが数メートルで数秒〜数分の現象ですが、温帯低気圧は水平スケールが数千kmで数日間続く現象です。
マクロスケール・メソスケール・ミクロスケール
大気運動のスケールは大きく分けて次の3つに分類されます。
マクロスケール(総観スケール以上)は、水平スケールが約2000km以上の大規模な現象です。偏西風波動やロスビー波など惑星規模の現象(惑星スケール、水平スケール約10000km以上)と、高・低気圧や前線など天気図に表れる現象(総観スケール、水平スケール約2000〜数千km)が含まれます。これらの現象には地衡風近似がよく当てはまり、コリオリ力が重要な役割を果たします。
メソスケールは、水平スケールが約2〜2000kmの中規模な現象です。局地風(海陸風、山谷風など)、雷雨、メソ対流系、台風の内部構造などが含まれます。メソスケールの現象は、総観スケールの現象に比べてコリオリ力の影響が相対的に小さくなり、気圧傾度力や浮力、摩擦力などが重要になります。
ミクロスケールは、水平スケールが約2km以下の小規模な現象です。乱流、つむじ風、竜巻などが含まれます。ミクロスケールの現象ではコリオリ力の影響はほとんど無視でき、個々の渦や乱流の運動が支配的です。
ボイス・バロットの法則
ここで、地衡風に関連する重要な法則であるボイス・バロットの法則について説明しておきます。
ボイス・バロットの法則とは、「北半球において、風を背にして立つと、左手側に低圧部がある」というものです。この法則はオランダの気象学者ボイス・バロットによって発見されました。
この法則は、地衡風の性質から理解できます。地衡風は等圧線に平行に吹き、北半球では低圧部を左に見て吹きます。つまり、風が吹いてくる方向に背を向けると(風を背にして立つと)、左手の方に低圧部が位置するのです。
南半球ではコリオリ力のはたらく向きが逆になるため、風を背にして立つと右手側に低圧部があります。
ボイス・バロットの法則は、天気図がなくても風向を観測するだけで低気圧の方向を推定できるという点で、実用的な法則です。ただし、この法則は地衡風を前提としているため、上空の風に対してはよく当てはまりますが、摩擦力のはたらく地上付近の風に対しては、低気圧の方向が左手よりもやや前方にずれることに注意が必要です。
